一歩前ヘススム07

 あのあとの淳はすっかりのぼせて、意識を飛ばしてしまった。それにはさすがに雅之も驚いたが、あまりにも満足そうな顔をしているので、可愛いという感情しか湧かなかった。
 ただほぼ身長や体格の変わらない成人男性を運ぶのは、骨が折れる。意識がない時の人間はひどく重い。

 それでもなんとかベッドまで運んで、いまはひと休憩と缶ビールを傾けている。
 すやすやと眠る寝顔を手の平で撫でると、そろりと手が伸びてきて、きゅっと指先を握ってきた。

 さらに手を引き寄せて口づけたら、眠っている顔が幸せそうに笑う。
 その顔があまりにも愛らしくて、雅之はビールを手放し、淳の横に身体を滑り込ませた。

「寝てる時までこんなに可愛いなんて、たまらないな」

 傍にいるだけでも胸がドキドキとする。心を乱されるようなこんな気持ちを味わうのは初めてだった。いままでの恋愛も真剣ではあったが、そつなくこなす、という言葉がしっくりくる。
 別れ話をする時ですらもめたことがない。

 唯一こじれた、とも言える離婚の原因も雅之に非はさほどなかった。ただ向こうが家庭を持つことに、向いていなかっただけだ。
 家事や育児を放棄してしまったので、やむなく別れるを選択したに過ぎない。

 二人だけの頃は見えなかった欠点は、子供がいると色々と見えてくる場合がある。離婚してから三年ほど。
 淳と付き合うまでは、母親に見合いを勧められていたので、これまで縁がなかったわけではない。

 ただ希を第一に優先する雅之に、不満を持つ相手が多かった。母親になりたいのではなく、私は奥さんになりたいのだ。そう言われてからは見合いもほとんど断っている。

 雅之が淳に惹かれたのは、明るい笑顔と心のまっすぐさ、それに加え正面から希と向き合ってくれる、実直さがあったからだ。
 職業柄、というだけではない真摯な態度は、とても好感が持てた。

「とは言っても、それだけじゃないけどね」

 無防備に寝ている恋人の額にキスをして、雅之は苦笑いを浮かべる。
 これまで同性に欲情するなんてことは、一度もなかったのに、まっすぐに好意を寄せてくれる淳には、邪な気持ちが湧いた。
 純朴そうな彼は、一体どんな顔をするのだろう、そんな想像をしてしまった。

 付き合う前に彼を汚した回数は、指を折って数えられるほどある。自分でもその衝動に驚くが、もっと早い段階で彼に惹かれていたのだろうと思った。
 相手はまだ二十歳そこそこで、男性で、否定したい部分が大きくて、見えていなかっただけなのだろう。

 いまになると、雅之にも言い訳に隠れた感情がよくわかる。

「雅、之さん」

「起きた? 大丈夫?」

「あれ? 俺、どうしたんだっけ」

「気持ち良くイったあと落ちちゃったんだよ」

 もそもそと身じろぐ淳の顔を覗き込むと、重たげなまぶたを瞬かせる表情が見えた。
 パチパチと瞬きをして、しばらくぼんやりしていたが、抱きしめて頬やこめかみに口づけたら、腕を伸ばして抱きついてきた。

「まだ、途中だったのに」

「ん? まだし足りないの? あんなにいっぱいしたのに」

「だって、一週間分です。雅之さん、もう満足ですか?」

「それを僕に聞くの? 足りるわけないじゃない」

 あどけない顔をしてひどく蠱惑的なことを言う。彼は雅之に火を付けるのが得意だ。純粋そうなのにその実、中身は小悪魔だった。これまで何度、彼に誘われたかわからない。
 抱きしめていた身体をベッドに縫い付けると、うっとりと目を細められて、ぞくりとした快感がよぎる。

「すぐに、挿れても、いいです」

「今日は随分とせっかちさんだね」

「ごめんなさい。でもなんだか雅之さんが足りなくて、いっぱい欲しくて」

「じゃあいっぱい満たしてあげないとだね」

 するりとスウェットを脱いだ淳は、自ら脚を開いてみせる。何度も雅之を受け入れたそこは、ぷっくりと膨らんでいた。ローションを馴染ませて、指を差し入れるだけでヒクヒクとする。
 けれどすぐに焦れったくなったのか、もっととさらに広げてみせてきた。

「淳くんを前にすると、際限がなくなる感じがする」

「あぁっ、んっ、……雅之さんになら、めちゃくちゃにされてもいい」

「こら、そういうことは言わないの」

 本気でも冗談でも、そんな風に言われたら本当にめちゃくちゃにしてしまいたくなる。淳を目の前にすると雅之は自分の欲深さを感じた。
 それは独占欲――繋ぎ止めて、ずっと手の内に収めておきたいような感情。

「俺をずっと掴まえててください」

「淳くん、僕は君が思うよりずっと君のことを愛してるよ」

「……いつか、俺はいらなくなっちゃうんじゃないかって思うと、怖いです」

「そんな日は絶対に来ないよ」

「いつか希くん、お母さんが欲しくなりませんか?」

 瞳に涙を浮かべて痛ましい顔をされると、ふがいなさを感じる。どうしたらこの気持ちが伝わるのだろうかと、胸が締めつけられる。
 けれどその言葉を紡いでしまう彼は、優しいのだ。自分よりも他人を想える。自分より人の幸せを一番に考える。

「僕は欲しくないよ。淳くん以外」

「欲しいって言われたら、どうしますか?」

「そこは家族会議だな。ちゃんと話し合うよ。だけど希だって淳くんがいなくなることは望んでいないと思う」

「雅之さんと、希くんとずっと一緒にいたいです」

「僕はそのつもりだよ」

 両手を伸ばされて、小さく震える身体を抱きしめた。腕の中にきつく抱きとめれば、しがみつくようにしてくる。離れたくない、そう言われているようで抱きしめる腕に力がこもった。

「僕のほうこそ、君に手を離されないようにしなくちゃ」

「じゃあ、いまは溢れるくらい俺のこといっぱいにしてください」

「淳くん?」

 ふいに身体に体重をかけられて、身体が後ろへ傾ぐ。それを支えようと手をつくけれど、じっと見つめてくる彼は、なおも身体を押し倒そうとしてくる。
 されるがままにベッドへ沈めば、身体にまたがった淳は雅之のスウェットに手をかけた。

「淳くん、待ってゴム!」

「……んっ、ないほうが、好き。あ……っ、んぅっ」

 腰を浮かせて、反り立ったものを飲み込んでいく淳は、身体を起こそうとする雅之を押し返す。そしてすっかり熱をくわえ込むと、ゆっくりと腰をくねらせ始めた。

「んっ、雅之さんっ、俺の中、いっぱいにして」

「はあ、ほんと淳くんには敵わないな」

 先ほど涙を浮かべていた彼は、快感を追うことに夢中で、もっともっとと啼き喘いで、雅之のものを搾り取っていく。
 それでもまだ足りないのか、腰を振りたくる姿にはひどく悩殺される。

 けれど身体の欲を満たす行為で、心を埋めようとしているのも伝わった。ならば言葉どおり、溢れるほど満たしてやろうという気持ちになる。

「あっ、ぁっ、雅之さんの、中にいっぱい。気持ちいいっ、きもちいいっ、頭、おかしくなるっ」

「もうやめる?」

「やだっ、もっとして」

 吐き出したものとローションが混じり、ぐちゅぐちゅと卑猥な音が耳に響く。その音に甘い淳の声が加わると、耳を犯されるような気分で、音と声だけでイキそうになる。

「こんなに出したら、女の子だったら妊娠しちゃうね」

「し、たい。……雅之さんの赤ちゃん欲しい」

「僕は、遠慮したいかな」

「な、なんで?」

「淳くんを取られるのは希だけで十分かなって。いまでもいつか取られちゃうんじゃないかって心配なのに」

 ひどく悲しそうな顔をする恋人を抱き寄せて、膝の上に抱きかかえると鼻先が触れるほど近づく。涙目の彼は不思議そうに瞳を瞬かせると、いとけない顔で首を傾げた。

「希はきっといい男に成長するよ」

「……そっ、それでも、俺は雅之さんがいいです。だってずっと好きだったから」

「僕はどんどんおじさんになるよ」

「雅之さんは歳を重ねても絶対に格好いいです!」

「かな? 君に飽きられないように頑張らなくちゃ」

「俺が飽きるとかないです。もう、ちゃんと信じてくださいね」

「……うん、そうだね。ごめん」

 不満げに口を尖らせる仕草が可愛くて、ちゅっとリップ音を立てて口づけをする。するといままであれほど妖艶だったのに、初めてキスをしたみたいに顔を真っ赤にした。
 このいつまでも染まりきらない純白さが愛おしい。小さく笑うと、雅之は林檎色に染まった頬にすり寄った。

「淳くん、好きだよ」

「お、俺も大好きですっ」

 瞳を輝かせながら抱きついてくる身体を抱きしめて、いま以上の幸せはきっとないと、その尊さを雅之は噛みしめた。