一途な愛情
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 雨が窓を叩く音で目が覚めた時には、部屋の中は暗くしんと静まり返っていた。ふと誠の気配を探そうとして、後ろから抱き込まれていることに気づく。
 自分を抱きしめる腕をそっと撫でると、天音は大きな手を口元へ引き寄せた。

「誠くん」

「なに?」

「え? お、起きてたのっ?」

 思いがけず小さな呟きに声が返ってきて、天音の肩が跳ね上がる。すると回された腕に力がこもって、強く抱き寄せられた。
 首筋に触れる唇の感触に、胸の音が駆け足を始める。

「ちょっと、興奮冷めやらぬ感じで、寝付けなくて」

「……すごく気持ち良かった、よ」

「天音さん、満足、できた?」

「僕、……後ろだけでイったの初めてで」

「そうなの?」

「うん。気持ち良すぎて、癖になりそう」

 自分で口にしておきながら、いたたまれない気持ちが込み上がる。
 沸騰したやかんのように、湯気が立ちそうな顔を、天音は両手で覆った。しかしそれを覗き見ようとする誠に手首を掴まれ、呆気なく茹で上がった顔をさらされる。

 腕の中から逃げ出そうとすれば、身体を向き合わされて、真正面から見つめられた。

「そんなに、見ないで」

「大丈夫、天音さんはいつでも可愛いよ」

「そうやってまた、誠くんはすぐ可愛いを安売りする!」

「だって、可愛いし」

 柔らかな声で笑われて、天音の顔はますます火照りが増す。隠れるように誠の胸元に額を擦りつければ、両腕で包み込むように抱きしめられた。

「次はもっと優しくするから」

「え? すごく優しかったよ?」

「そんなはずない。だって俺、途中からめちゃくちゃ乱暴に、してしまったし」

「……激しい誠くんも、すごく良かったよ」

「うっ、でも」

「いままでは痛いばっかりで、あんまり気持ち良くなかったんだけど。誠くんのは全部、気持ち良かった。……って、なんで怒った顔するの?」

「やっぱり昔の恋人は全員クソだ」

 誠の腕に力がこもり、見上げたら眉間にしわが寄っていた。ひどく機嫌を損なった表情に、天音が目を瞬かせると、大きなため息を吐いてぎゅうぎゅうと抱きしめられる。

「天音さんを大事にできない、自分が気持ち良ければいいなんて男、最低だ」

「誠くんは優しいな」

「これは優しさとかの問題じゃない。好きな人をちゃんと愛してあげるのは、当然のことだよ」

「そういう、ものなんだ。知らなかった」

「はあ、どれだけ人として酷い恋人だったのか、想像できて腹立たしい。それでも天音さんは好きだったんだろうから、あまり言いたくないけど。そいつらは尽くしてる天音さんを、天音さん自身をちゃんと……愛してなかったんだ」

「愛して、なかった?」

 誠の言葉が深く天音の胸に突き刺さった。その瞬間、目が覚めたような心地にもなった。
 いままで天音は自分を好きになった人としか、付き合ってこなかったので、確かに彼らの心は自分に向けられていた、けれど。

 思い返せば、彼らは天音の外側しか好きではなかったのだ。自分たちが思い描いた理想の恋人。それを求められていただけだった。
 天音は彼らにとって、従順で綺麗なだけのお人形。

 だからこそ人間らしい感情を持っている天音を、あっさりと捨てた。

「ごめん、余計なこと言った」

「ううん、たぶん本当のことだから」

「泣かせたかったわけじゃないんだ。ごめん」

 悲しいわけではない。傷ついたわけでもない。もしかしたら自分でも、とっくに気づいていたのかもしれない。
 思い浮かぶのは、楽しかった思い出より冷たい眼差し、冷たい言葉。天音の心を蝕んだトラウマだ。

 真実を認めてしまうと、自分を愛した人が一人もいないことに気づいてしまう。
 こんな自分でも、人並みの恋ができるのだと思っていたかった。

「俺が、これまでの分、……いや、これまで以上、天音さんを愛するから。過去を振り向く暇がないくらい、毎日が楽しいって思えるようにするから」

「うん、ありがとう」

 優しくて温かい感情が全身から染み渡ってくる。手を伸ばして誠の背を抱くと、心がふんわりとほころぶように温まっていく。
 天音はいま、生まれて初めて心から愛されていると感じた。

 彼の心はやはり綺麗だ。不純物なんて一切ない、透明度の高い宝石のよう。キラキラ輝いて、眩しいくらいなのに、見つめずにはいられない。

「気持ちいいなぁ」

「ん?」

「誠くんの愛してるが、いっぱい伝わってくる」

「俺、こんなに貪欲なほど人が愛おしいって思ったの、初めてだよ。いままでずっと、俺の想いは実るはずがないって思ってきた。常に心の中で諦めてきたんだ」

「……不謹慎だけど。いまは誠くんがそういう人で、良かったって、思っちゃった」

 自分の気持ちに前向きで、いまのようにまっすぐ相手へ伝えられる人だったら。いまごろはとっくに、雪宮と結ばれていた。そうしたら天音の気持ちが入り込む隙間など、なかったはずだ。

「俺もそう思う」

「え?」

「いまだけは自分を褒めてもいい」

 優しく笑って、ゆっくりと近づいてきた、誠の唇が口先に触れる。大きな手が頬を撫でて、指先が髪を梳く。
 なにもかもが心を満たしていった。いま胸にある感情すべてが、彼に伝わればいいと思う。けれどいまは――

「誠くん、大好き」

 ちゃんと言葉にして伝えよう。

「ほんと天音さんには、敵わないなぁ」

「なにが?」

 困ったように笑う誠の顔を見つめれば、小さなリップ音を立ててキスをされた。何度も口づけられて、嬉しさと恥ずかしさで、頬が火照っていく。
 ニヤニヤとする自分を見られたくなくて、天音は再び誠の胸元へ顔を埋めた。

「ところで天音さん」

「なに?」

 とんとんとあやすように背中を叩かれ、恥ずかしい気持ちがなだめられた頃、誠が天音の顔を覗き込んでくる。
 真剣な面持ちに首を傾げたら、鼻先に口づけられた。

「気持ちを確かめ合って、気持ちいいことしたわけだけど」

「うん」

「俺と、付き合ってくれるの?」

「……あっ!」

「忘れてた?」

 誠の言葉で勢いよく身体を起こすと、引き戻されて額にキスをされた。薄暗闇の中でもわかる、彼の笑顔に天音は胸をときめかせる。
 笑った顔が優しくて柔らかくて、あまりにもイケメンすぎだ。

「順序が飛んじゃったけど。俺と付き合ってくれますか?」

「付き合う! 付き合ってください!」

「……っ、可愛い」

 告白に被るくらい前のめりに返事をしてしまい、誠が肩を震わせて笑う。しばらくこらえるように笑いを噛みしめていたが、最後には声を上げて笑われた。

「酷い、笑いすぎだよ」

「ごめん。ちょっとあまりにも可愛くて」

「だって、初めてだから」

「え?」

「自分から誰かを好きになるの初めて。僕の弱さを知っても、好きって言われるの初めて。好きから始まる恋人も初めて」

「初めてづくし、だね」

「うん、だから嬉しい」

「何度でも言うよ。俺はどんな天音さんでも好き。俺にたくさん甘えてくれたら嬉しいよ。いっぱい笑って怒って泣いて、全部見せて欲しい」

「僕はなにを返したら、いいんだろう」

「うーん、じゃあ、そんな天音さんに提案」

 少しだけ考える素振りを見せた誠だったが、すぐにぱっと表情を明るくした。その様子に天音が小首を傾げれば、思いがけないお願いをされた。

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