吹き抜ける風に少し冷たさを感じるようになってきた。季節は意識しなくともどんどんと移り変わっていく。あともう少しすれば街路樹の葉も色を変え始めるのだろう。
いままで街並みなど気にもとめずに過ぎていたのに、近頃はそんなことを思って歩くことが増えた。ゆっくりと景色を眺め、通り過ぎる人の気配も感じる。何気ない些細な変化に気づいて、いままでどれほど自分が物事に無関心だったか、それをようやく理解できるようになってきた。
それが誰の影響かと考えれば、答えは一つしかない。
「春樹、あそこ見ていい?」
「ああ、いいよ」
無邪気に浮かべる彼の笑みが可愛くて、いつも自分は相好を崩してしまう。キラキラと輝く瞳を見ていると、なんだかこちらまで気持ちが浮いてくる。楽しいという感情はずっと忘れていた。
彼と一緒にいるようになって、自分は随分と人間らしくなった。人並みに恋愛をして、人並みに胸を高鳴らせる。いままでずっと誰かを好きになれずにいたけれど、いまは真っ直ぐに彼が愛おしいと思うようになった。
「あ、これ春樹に似合いそうだ。あ、こっちもいいんじゃない?」
「穂村、自分の買い物したら?」
「え? いいのいいの。これも楽しいから」
人との付き合いに不慣れな自分など気にもとめずに、彼はいつも両腕で抱きしめるように包んでくれた。どんなに失敗しても必ず笑顔を向けてくれる。それがどれほど嬉しいか、彼は知っているのだろうか。
「ねぇ、こっちとこっち、どっちがいい?」
「うーん、ブルーのほうが似合いそうだけど」
「やっぱこっちか! じゃあこれにする。うん、やっぱり春樹とは趣味が合うよね」
彼の中に当たり前のように存在する自分。それだけでひどく心が満たされる。こんな気持ちになるのは初めてだから戸惑いもあるけれど、嬉しくもある。くすぐったい感情に思わず口元が緩む。
「んふふ。春樹、なんか可愛い顔してる。どうしたの?」
「な、なんでもない」
「ふぅん」
目を細めた彼の表情に胸がドキドキとしてくる。さり気なく手を繋がれれば頬が火照った。でも君の心に揺り動かされるのは嫌じゃない。
ねぇ、ずっと傍にいて、これからもその笑顔を見ていたい。
君の隣/end
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