甘恋-Amakoi-/08
二人で先に旅館へ戻ると、帰りを心配していた富に食事を勧められそのまま夕飯を食べることになった。昼の食事は味気なかったが、ようやく問題ごとも解決して美味しいご飯を思う存分堪能することができた。
晩酌もして食事が終わる頃には蒼二も紘希もかなりいい気分になっていた。
のんびり部屋に帰るとテーブルが窓際に寄せられ、布団が敷いてある。手土産に日本酒を二合ほど持ち帰ったので、座椅子を二つぴったりと並べて二人でそこに腰を下ろした。なに気なく外を見れば、ちらちらと雪が舞っている。思いがけない雪見酒に、二人で顔を見合わせて笑った。
「ようやく紘希とゆっくり過ごせてほっとしてる」
「うん、俺もようやく蒼二さんと二人っきりで気分がいい」
至極嬉しそうに笑った紘希は蒼二の肩に腕を回して、柔らかな茶色い髪に頬を寄せる。その仕草に笑みを浮かべる蒼二はすぐ傍にある紘希の顔をじっと見つめた。
出会った頃はもっと表情が少ないイメージだった。けれど二人で会うことが増えて、二人でいる時間が増えてきた最近は、随分と表情が柔らかくなった。ごく自然と笑う顔が可愛くて、その顔を見るとたまらなく幸せを感じる。
「紘希と会えてよかったな」
「え? どうしたの急に」
「なんか毎日紘希のこと考えるの楽しいし、傍にいればすごく幸せだし。小さなことだけでもそれで嬉しいって思うんだ。いままでの人たちも好きではあったけど。毎日顔を思い浮かべたりしなかったし、メールや電話だけで一喜一憂しなかった」
出会った時から特別だった。いつもだったら蒼二はそんなに簡単に頷きはしない。けれど紘希という人間に一目会った時から惹かれたのだ。それだけは確信している。誰でもよかったわけではない。紘希だから蒼二は選んだ。
「今回のことですごく実感したんだけど。思ってることは伝えないと駄目なんだなって。……だからさ! 一緒に暮らさない? これはさっきご飯を食べながら思ったことなんだけど。一緒に暮らせば忙しくても家に帰れば会えるでしょ。最近会えなくて結構寂しくて」
「それは駄目」
「えっ?」
悩みこそしても即答で断られるとは思っていなかった。きっぱりとした言葉に蒼二は目を丸くして驚きをあらわにする。そしてまじまじと紘希の顔を見つめ、みるみるうちに表情を曇らせていく。しかしその表情の変化に紘希は焦ったように両腕で蒼二を抱きしめた。
「ごめん、言葉が足りなかった。駄目っていうのは、そういう意味じゃなくて。それは俺が言いたかったんだ」
「どういうこと?」
「俺、蒼二さんに会ってからずっと貯金してて、もう少しで目標額になるから、それから言おうと思ってたんだ。一緒に暮らそうって」
「もしかして、最近特に忙しいのってそれが原因?」
「あ、うん。あとちょっとだし、年内に目標達したくて」
抱きしめられた腕から顔を上げて蒼二は紘希を見上げる。すると見つめた先にある顔は頬を染めながら照れくさそうに笑う。その顔を見た蒼二はおもむろに両手のひらで目の前の肩を何度も叩いた。
「え? ごめん。どうしたの?」
「もう! そういうことは言ってよ! 俺、すごい寂しかったんだから!」
「ごめん、目処が立つまではなかなか言えなくて。言えば蒼二さんが出すって言いそうだったし」
「それは、きっと言うかもしれないけど。それでも相談くらいしてよ。もう、馬鹿」
肩口にぐりぐりと額をこすりつける蒼二は、熱くなった頬を誤魔化すように俯く。寂しかった、すごく。けれどそれ以上に自分とのことを考えてくれていたことに、嬉しくて胸が高鳴る。そのごちゃ混ぜの感情の行き場がなくて、両腕を伸ばして背中を抱きしめた。
「ごめんなさい。今度からはなんでも相談するよ。だから来月にでも一緒に物件を見に行こう」
「うん、行く」
「場所はなるべく交通の便がよくて、二人の職場に通いやすい場所が理想だよね。譲れないのはお風呂が広いところ。書斎は一つ欲しいかな」
「あとは寝室に大きいベッドが置けるところね。春になる前に引っ越しできたらいいね」
二人で暮らす想像をすると自然と口元が綻ぶ。それに自分でも気づいてしまうくらいにやけていて、俯けた顔を蒼二はなかなか上げられない。ますます顔が熱くなっていくようで、のぼせたみたいに身体まで火照ってくる。
「蒼二さん、こっち向いて」
「駄目、いま恥ずかしい」
「こっち見て、キスしたい」
下を向いた蒼二の耳元で囁く紘希の声は優しくて甘い。先をねだるようにこめかみや頬に口づけられると、恥ずかしさがどんどんと増していく。
しかしキスをしたいのは紘希だけではない。もっと触れたいという気持ちに誘われるように、蒼二はゆっくりと顔を持ち上げる。するとその顔を見て紘希はやんわりと目を細めて笑った。
「蒼二さん、可愛い」
「か、可愛くなんてない」
「可愛いよ。可愛すぎていますぐ食べてしまいたい」
「余さず食べてくれていいよ」
「そういうところも可愛いよね。食べていいの? 本当に余すところなく食らい尽くすけど、いい?」
優しい色を含んでいた瞳に熱が灯った。まっすぐとその眼差しに見つめられると、その熱が移るような気持ちになる。熱に侵食されて、浮かされてしまいそうで、蒼二は小さく肩を震わせた。けれど顎を指先で掬われて唇を重ねられると、心に移った火が燃え上がるような錯覚に陥る。
何度も深く合わさる唇、その先が欲しくて自ら舌を伸ばして蒼二は紘希の唇をねっとりと舐め上げる。そんな蒼二の拙い誘いに口の端を持ち上げた紘希は、応えるように舌先を伸ばし蒼二の舌を絡め取った。
舌と舌を撫で合いざらざらとした感触を堪能する。視線をまぐわして瞳の奥の熱を感じれば、興奮でざわりと毛が逆立つような感覚が広がった。
「ぁっ、んっ」
浴衣の合わせ目から大胆に紘希の手が滑り込み、胸を撫で回し小さな尖りをもてあそぶ。ぷっくりと膨れ上がったそれは、指先で弾かれて次第に赤く熟れていく。ツンと立ち上がった先を指先できつくつままれ、熱い吐息を吐き出しながら蒼二はか細い声を漏らす。
「可愛い。でも蒼二さんここをいじるとすぐイッちゃうからな」
「んんっ、ごめん」
「いいよ、でも今日は早く蒼二さんの中に入りたい」
「あっ、紘希!」
耳元で囁かれたと思えば、ふいに身体を抱き上げられて、驚いている間に膝裏にするりと手が入り込む。気づけば横抱きに持ち上げられ、慌てて蒼二は首元に腕を回して抱きついた。軽々と蒼二の身体を抱き上げた紘希は軽い足取りで敷かれた布団へと近づいていく。
「ちょっと待ってて」
「え、うん」
布団の傍に蒼二を下ろすと、紘希は並んだ布団のうち一つの掛け布団をめくる。そして枕元に置いていたバスタオルを敷き布団に広げた。
それは布団が汚れないようにするためだと言うことは蒼二にもわかる。しかし部屋に戻ってきてから、なに気ない様子でバスタオルを枕元に置いた紘希のことを考えると、顔に火が付いたみたいに熱くなった。
それは最初からする気であったと言うこと。期待がなかったわけではないが、あの時言っていた「いまは我慢する」と言った言葉の意味がいま返ってきた。そのことを思うと胸の音が響いてうるさいほどだ。
「どうしたの? もしかして、緊張してる?」
「緊張って言うか、胸がドキドキしてやばい。いや、緊張なのかな。いつもの部屋じゃないから」
頬を染めてそわそわと視線を揺らめかす蒼二を振り返った紘希は、小さく首を傾げて見つめてくる。その視線にますます音が高鳴って、壊れてしまうじゃないかと蒼二は胸をぎゅっと押さえる。そのあいだにも鞄からゴムとローションまで出てきて、期待されていたことにも気づいてしまう。
「用意周到すぎて引いてる?」
「ううん、期待が高まってどうしたらいいか、困ってるだけ」
「蒼二さんって普段大人しいくせに、エッチなことするの好きだよね」
「あっ、やらしくてごめん」
「全然、大歓迎だけど。こんなことならもっと前から迫っておけばよかった」
顔を真っ赤にしてうろたえる蒼二に目を細めると、紘希はあたふたとする身体を布団の上に押し倒す。遠慮もなく押し倒された蒼二は目を瞬かせて紘希を見上げた。するとゆるりと口の端を上げて笑みを返される。
その笑みがやけに色香を放っていて、恥ずかしさのあまり蒼二は目を伏せた。そして伸ばされた手に身体を撫でられると、思わずぎゅっと目を閉じてしまう。
けれどその手は離れるどころか蒼二を煽るように触れてくる。手のひらは胸元を撫で、腰を撫で、脚を撫でる。乱れた裾から手を差し入れられると、蒼二の身体はビクリと跳ねた。素足を撫でられる感触に目を閉じたまま肩を震わせる。
「蒼二さん、目を閉じてると余計に感じるよ」
耳元で小さく笑った声と微かな吐息が耳に触れ、じわりと耳まで熱くなった。さらに腰で結んだ浴衣の帯を解かれると、素肌に外気が触れて心許ない気持ちになる。蒼二は閉じていた目を開いて、縋るように紘希を見つめた。
「そんな顔をされると意地悪したくなる」
「いや、だ。意地悪しないで目いっぱい抱きしめて」
「抱きしめるだけでいいの?」
「だ、駄目だ。お、俺の中で、気持ちよくなって」
おずおずと立てた片膝を開くと、蒼二は見せつけるように腰を上げた。小さな尻を覆うぴったりとしたボクサーパンツには、張り詰めた熱の形が浮かび上がっている。誘うような瞳とうっすら請うように開かれた唇。そして腰をしならせたその姿はひどく扇情的だ。
情欲の炎を瞳の中に揺らめかせた紘希は、その艶めかしい姿態に喉元を上下させた。
「やばいくらいにいやらしいね。いますぐに突っ込んで、めちゃくちゃにしたい」
「ぁっ、んっ、いいよ。紘希の好きにして」
布越しにぐりぐりと窄まりを指の腹でいじられて、蒼二の声が甘くなる。期待するように揺らめいた腰が指先へ押しつけるように上下した。
ぐっと押し込むように小さな窄まりに指を立てられれば、少し上擦った甘えた声が漏れる。直接的な刺激にうっとりと目を細めた蒼二に、獲物を捕食するかのように紘希はゆっくりと舌を舐めた。