中編

日常

 突然始まった、少し奇妙な同居生活は思ったほど、居心地が悪くない。むしろいいと思えた。 リュウは素直で、まっすぐな性格をしているので「ノン」と言えばすぐに従う、まるで忠犬のようだ。 吸収して覚えるのも得意なようで、数日を過ぎたいまは、言葉も…

はじまり

 それからマンションまで、無言のまま二人で歩いた。青年は電池の切れかけた、おもちゃのように歩みが遅く、時折ついてきているか確認してしまうほどだった。 それでもなんとか部屋にたどりつくと、まず濡れ鼠の彼を風呂場に押し込んだ。 一人で大丈夫だろ…

出逢い

 朝から雨がしとしと降っている。 低気圧のせいかなんだか、頭も身体も重くてだるい。雨の日は昔からあまり好きではない。 雨がぽつぽつ降り注ぐ音が、癒やしだというやつもいるが、正直鬱陶しいと感じる。湿気で髪がうねるのも嫌だし、濡れて服が身体にま…

始まるこれからの時間07

 少し時間をおいて、冷静になってから部屋を出た。隣にある穂村の部屋を覗いたら、ベッドで眠っているのがわかった。傍に近寄っても起きる様子はなくて、確かめるように頬に触れたら温かくてほっとする。 漠然とした不安はこの先、別れることになるのではな…

始まるこれからの時間06

 ゆっくりと昼食をとって新居へ移動すると、いい時間になった。約束の時間まであと少し、持ってきた掃除用具で軽く部屋の中を拭き掃除して、部屋の空気を入れ換えるために窓を開ける。 天気のいい今日は少し暑いくらいだけれど、涼やかな風が吹いていた。 …

始まるこれからの時間05

 新しい住まいはいままでのアパートとは違う路線になる。けれど学校も、穂村の勤めるデザイン事務所も通勤三十分ほどだ。実家通いだった彼はかなり通勤時間が短縮される。 早い時間に出社するために、毎朝早起きしていたようなので、おそらく二十分くらいは…

始まるこれからの時間04

 自分たちの関係を、誰かに言って回りたいわけではない。誰かに知って欲しいのかと言えば、それも否だ。周りに詮索されたくないし、興味本位に近づいても欲しくない。 叶うならごく平凡な幸せの中で、穂村と一緒に静かに生きていければいい、そのくらいの感…

始まるこれからの時間03

 審査が通ったと連絡が来たのは翌日のことだ。思っていた以上に早い回答に驚いた。けれど前半でかなり時間をロスしていたので、このスピーディーさはありがたい。 契約を済ませたのは五月まで残り二週間と言った状況だった。あのまま部屋が見つからなかった…

始まるこれからの時間02

 引っ越しをしようかという話が持ち上がったのは去年の暮れ。元より穂村は一年くらいしたら、一緒に暮らしたいと言っていたのだが、現実的になったのがその頃だった。 仕事にも慣れて、体調も良好だと病院の担当医にお墨付きをいただいたのがきっかけだ。と…

始まるこれからの時間01

 いまはいつも隣にある存在が、当たり前だと思っている。ずっと変わらない笑顔を向けてくれる、その優しさがひどく心に染みてくるほどに。 それでもふとこの先に続く道は、どこまで一本であり続けられるのだろうと、そんなことを考えて胸が少しばかり軋む。…

君の隣

 吹き抜ける風に少し冷たさを感じるようになってきた。季節は意識しなくともどんどんと移り変わっていく。あともう少しすれば街路樹の葉も色を変え始めるのだろう。 いままで街並みなど気にもとめずに過ぎていたのに、近頃はそんなことを思って歩くことが増…

二つの熱02

 優しく触れる手が少し熱を帯びている。存在を確かめるみたいに髪の先から頬、首筋へと流れて、身体を辿る手が胸元に触れると彼は少し嬉しそうな笑みを浮かべた。 その笑みを見ていると早まる鼓動が伝わってしまうんじゃないかって少し気恥ずかしくなる。け…