中編

疑惑が広がる

 駅から家までの道を、幸司は息が上がるほどのスピードで走った。いつもは近いと思っていた距離が、今日ばかりはやけに長く感じる。 運動不足のなまった身体ではなおさらだ。 たどり着くなり自分で鍵を開けて、その向こうに飛び込む。 物音に気づいたのだ…

彼の心の中

 自由奔放を絵に描いたような人。それは出会った頃から感じていたので、いまさら驚くべきことではない。 人の話をあまり聞かない、のも昨日今日のことではなかった。 それでも付き合おうの言葉のあとは、歩み寄りを感じていた。 だからこそあの時、なにも…

本当の姿

 しばらくして服を数着、手に戻ってきた真澄は、試着室へと消えた。その前をウロウロしながら、幸司は胸をわくわくとさせる。 いつもの可愛らしさからいくと、男装するといったイメージだが、彼の男らしい一面も知っているので、期待が湧く。「いままで可愛…

見え隠れする過去

 撮影が終わったあとは、小道具の花をコンビニで学校へ送り、昼食を済ませて解散となった。 真澄はデートをしようと、言ったことを覚えていたようで、二人で繁華街へと移動する。 電車を乗り継ぎ、降り立ったのは、普段あまり縁のないお洒落な街だ。道の端…

純白の天使が舞い降りる

 彼が降り立った瞬間、世界が一変した。 空気が凜として、まるで天使の羽が舞い上がるような、錯覚さえ起こさせる。 降り注ぐ光のすべてが、彼のためにあると言っても、決して間違いではないだろう。 回り階段を下りてきた真澄に、幸司は目を奪われた。純…

小さな幸せを

 今日、幸司が向かう場所は、一軒家を改装した撮影スタジオ。 真澄のつてで、借りることができたそこは、プロも使う本格的なスタジオだ。普通に借りると、学生の幸司では手の届かない金額なのだが、彼のおかげでかなり安くなった。「えっと、あ、ここだ」 …

温かい手

 冬休みに入ってしばらく経った日。いつもならば昼過ぎまで寝ている幸司が、朝早くから起きてバタバタとしていた。 そんな様子を弟妹たちが、部屋の入り口から物珍しそうに見ている。「こう兄、今日はデートじゃないの?」「うん、今日は撮影」「ふぅん、そ…

幸せは不安を呼ぶ

 普段は自分より華奢に見えるけれど、実際の彼はしっかりと筋肉がついていて、幸司の大きいばかりで薄っぺらい身体とは歴然の差だ。 抱きしめられるとそれをよく感じる。男の人の腕、その中にいる、それを強く実感させられた。 そして彼の匂いと体温を感じ…

食後の運動は激しすぎます

 二人でのんびりとお好み焼きデートをして、少しばかり飲んだ。普通ならば気分が盛り上がり、次へと展開するところだが、幸司はいまだに日付を過ぎると眠くなる。 しかし今日は帰る? と、聞かれたのに首を振ってしまった。「こうちゃん、ついたよ。そのま…

これってプロポーズ?

 あれからしばらく、いつ恋人を紹介してくれるのだと、家族がうるさい。だが彼は忙しい人気の美容師。店での仕事のほかにも、モデルや俳優のヘアアレンジや、メーキャップもしている。 暇なんて言葉は無縁のように思えた。 それでもそんな忙しい最中、真澄…

カミングアウト

 初の大人デートは充実の一時間半だった。人生の思い出になりそうなくらいの出来事と言える。 真澄は終始ご機嫌で、最後まで幸司を離さなかった。 そんなせっかくのデートが、それだけの時間で終わってしまったのには理由がある。日付を過ぎてすぐに、幸司…

小さな執着が嬉しい

 甘い香水の香り――この匂いが好きだと言ったら、恋に効く魅惑の香水なのだと教えてくれた。 匂いに惹き寄せられた幸司からすると、あながち間違いではないと思わされる。 華やかで濃厚な香りは、個性的な真澄によく似ていた。ふんわりと甘く香ってくるの…