シリーズ

思いがけない言葉はここから

 翌朝、天希が目を覚ますと枕元に雪丸がいた。 頬に触れる柔らかい感触に驚いたけれど、もふもふと小さな尻を撫でると尻尾がゆらゆら揺れる。「伊上は、仕事か?」 昨夜、散々汚しただろう隣の布団は伊上が片付けたのか、畳まれている。 室内に視線を巡ら…

二人のあいだにある小さなズレ

 伊上の寝顔を見ているうちに、ウトウトしてしまったらしく、天希がまぶたを開くと目の前に彼の寝顔があった。 いつの間にやら布団に二人、横になっており、天希は伊上の腕の中だ。 優しく抱きしめてくれている伊上は、まだ眠っているのか、天希が目覚めた…

溺愛彼氏の口説き方

 温泉の湯気で体が火照って暑いのか、興奮で熱いのか。 すっかり伊上の膝に載り上がって、彼の首に腕を回してキスを受け入れているいまの天希では、到底理解しきれない。「あまちゃん、そんなに擦りつけてきて、触ってほしいの?」「やだ、乳首のほうがいい…

据え膳は残さずいただきます

 渡り廊下を抜け、玄関を解錠すると、伊上はぐいと天希の手を引いて中へ引っ張り込む。 驚いてされるがままに足を踏み出した天希は、彼の胸に倒れ込む前に顎をすくわれ、唇を塞がれた。「んっ……い、いが、みっ」 背後で戸が閉まった音は聞こえたけれど、…

二人でお揃いだぞ

 しばらく天希は「ふへへ」とおかしな含み笑いをしていた。 さすがに若干呆れられた気はするが、スマートフォンの画面に伊上とのツーショットがあれば、浮かれずにいられない。 そもそもの話、彼は天希の好みど真ん中なのだ。 顔面の良さに一目惚れをし、…

古い記憶の欠片

 天希と伊上が通されたのは旅館の離れだった。 本館から渡り廊下を通って行き来ができるので、雨風などに晒される心配はない。 行き来は楽でも、宿泊者しか出入りできないようになっており、廊下の手前でカードキーをかざさないと通り抜けができないのだ。…

初めて見る姿に

 仕事ができる男と名高いだけあって、篠原の手回しは本当に早かった。 ちょうど近い日に、連休があるのでと天希にも配慮してくれ、伊上と二人で出掛ける日取りはすぐに整った。「今日、行く所って紹介がないと泊まれないってほんとか?」 朝に自宅の近くま…

なに言っちゃってんの?

 それはなにげない一言だったのかもしれない。 けれど受け止めた天希には衝撃的な一言だった。 その日もいつものように、仕事が終わって帰ってくる予定の伊上を、二ノ宮の本邸で待っていた。 天希は組長である二ノ宮|志《し》|築《づき》の息子、|成《…