シリーズ

スペア03

「広海先輩、言って」「は?」「俺のこと好き?」 眉をひそめた俺に、三木は小さく首を傾げながら、人の心の内を覗くかのようにゆっくりと目を細めた。「意味わかんねぇ」 じっとこちらを見る視線に、耐え切れずふっと目を逸らすが、立ち上がった三木が、目…

スペア02

「春日野先輩。俺、好きなんです先輩のこと」「は? お前、誰」 やたらと背の高いボンヤリした顔の男――それがあいつの第一印象。 そして夏の暑さで頭でもやられたのだろうかと、思わず哀れんだ視線を向けたことをなんとなく覚えている。 けれどあいつは…

スペア01

 いつの間にか一緒にいるようになって、そしてそれが当たり前のようになってきた頃から、不安にはならないかと周りによく聞かれるようになった。 気まぐれや間違いだと思いやしないのかと、何度も言われた。しかし不思議と自分は、いままであいつの行動や言…

ライフ03

「あれ広海先輩、今日休みだったの?」「あ?」 帰ってくるなり、俺を見た三木は開口一番にそう呟き、首を傾げた。そしてその言葉に俺が眉をひそめると、今度は目を瞬かせさらに首を捻る。「だって眼鏡だし、普段着だから。仕事モードじゃない先輩久しぶりか…

ライフ02

 目が覚めたら、もうすっかり昼を過ぎていた。起きるのが少し面倒ではあったが、腹が鳴る身体の訴えには勝てず、俺はサイドテーブルの眼鏡を掴み起き上がる。 寝癖の付いた頭を掻きながら戸を引けば、ソファの片隅に見るからにアイロン済みの、整然とした洗…

ライフ01

 眠りの狭間。漂う意識の隅で微かに戸を引く音がした。 それは気配を消して、足音も立てぬようこちらに近づいてくる。けれど俺は夢現ながらも、その存在を確かに認識していた。「あれ、起きてました?」「起きてたんじゃねぇよ。起こされたんだ」 ベッドの…

澄み渡る青の世界04

 二人の驚いた顔に、僕のほうがもっと驚いてしまう。確かにいきなり、初めて来た場所を知っているなんて言ったら、驚かれるだろうが、ちょっと反応が大げさだ。 だけどもしかしたら、僕がなにか昔のことを思い出したと、勘違いしているのかもしれない。 け…

澄み渡る青の世界03

 鈴凪荘に転がり込んだのは、年がもうすぐで明ける、というような頃だった。それから僕は、一度も小さなあの町を出たことがなかった。 いままできっと何度も乗っただろう電車も、そこから見える景色も、珍しくて少しはしゃいでしまう。 いつも以上にお喋り…

澄み渡る青の世界02

 二階の掃除を終わらせて、一階に下りた頃には、紺野さんはどこかへ出掛けていた。いつもなら家で、ぼーっとしていることがほとんどなのに、珍しいこともあるものだ。 仕事だろうか。 普段は園田さんがやってくるけれど、時折出掛けていないことがある。そ…

澄み渡る青の世界01

 三月の中頃――その日はいつもと、変わらない始まりだった。まだこの時も仕事を始めていなかったので、僕の仕事は目下、美代子さんのお手伝い。 アパートの周りを掃き掃除したり、空き部屋が痛まないように、軽く掃除したり、ご飯の支度もした。 この場所…

藍色は愛の色

 それは僕が鈴凪荘に転がり込んで、しばらくした頃の初めてのイベントだった。 町の商店街でも、あちこちでそのイベント企画を、目にしたのを覚えている。 赤やピンクの色合いにハートマーク。ポップで可愛いものが目についた。 キョロキョロしていたら、…

新しい黒猫いりませんか?08

 胸元に寄せて、両手で抱きかかえたまま、黙ってこちらを見つめてくる寡黙な人に歩み寄る。 そして目の前にまで行くと、僕は窺うように見上げてから、手の中でジタバタするその子を差し向けた。 ちっちゃな声でみっと、鳴く子猫に視線を落とした彼は、なに…