美人で男らしくてすごく魅力的な紺野さんは、ずぼらで面倒臭がりで、どうしようもないくらい、駄目な人だったりする。
しかしそんな彼でも、僕にとってはどうしようもなく大好きな人。
半年ほど前に、この鈴凪荘へ僕が転がり込んでからずっと、それをアピールし続けている。だが紺野さんは僕の気持ちを知りながらも、見向きもせず扱いがいまだぞんざいだ。
でも変わらずあのアパートに、置いてくれているということは、嫌われてはいないのだろうと思う。
「背中流すよー」
こうやって一緒に銭湯に来て背中を洗っても、髪を洗ってあげても怒らないし、寧ろ案外されるがままで、ちょっと心配になったりもする。
誰にでもこんなことをさせてるのかと思えば、楽観的な僕でさえやっぱり腹が立つ。
「すっきりした?」
綺麗に泡を流して、ポタポタ雫を落とす髪を後ろから、タオルで拭いてあげれば、紺野さんはふるふると頭を振って水気を払った。
「ちょ、飛ばし過ぎ。紺野さんいつから犬になったの」
まるで子供のようなその仕草は、ひどくアンバランスで、たまらなく可愛い。文句を言いながらも、自分の顔がどんどん緩んでいくのがわかった。
「ミハネ、顔がキモイぞ」
「いや、それは元々だから」
ふいにじとりと、目を細めて振り返った紺野さんの声に、重たいため息が混じるけど、僕はさして気にしない。
「拾った時は、もうちょっと煤けた黒猫みたいで可愛かったのにな」
しかしポツリと、呟いた紺野さんの言葉に目が点になる。
「……なんで普通の黒猫じゃなくて煤けちゃってんの」
「育て方を間違ったか」
「話聞いてないし」
戸惑う僕をよそに、紺野さんはすくりと立ち上がり、ペタペタと足音を響かせ湯船に入ってしまった。
「煤けた黒猫……か」
確かに自分は黒猫と称されるくらい、髪や目は墨を落としたみたいに真っ黒け。だけど紺野さんと初めて会った時は、彼が言うように少し煤けていたのかもしれない。
「紺野さん、紺野さん。煤けてない黒猫は可愛くない? 捨てる?」
湯船に浸かる彼の横に並び、ほんの少し甘えるみたいに肩にすり寄れば、ゆっくりと細められた目が、こちらをじっと見つめる。
僕は答えを促すよう首を傾げて、その目を見つめ返した。
「別に」
素っ気なく呟かれた言葉。けれどそれに僕は、にんまりと口の端を上げて笑った。
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