煌びやかなクリスマスツリーと、定番のクリスマスソング。青色のイルミネーションの光が、辺り一面を埋め尽くしている。
腕の中で笑ったミハネは、なんだか恋人同士みたいだね。なんて、のんきに顔をほころばせた。
「映画の中でも、夜景をバックに抱き合うシーンがあったけど。あれみたいだね。ちょっといいなって思ってた……って! 露骨に離れなくてもいいじゃない!」
ぽいっと、身体を押し離すように手放した俺に、ミハネは不服そうに目を細めた。しかしそれは無視をして、俺は黙って踵を返す。
「えっ! おいてかないでよ! 紺野さーん!」
ひどく顔が熱かった。とっさの行動とはいえ、あんなところであんなに目立つことをした。いまでも背中に複数の視線を感じる気がする。
思うほど人は他人のことを気にしない、と言うのはわかっているが。それでも、いたたまれない気持ちになる。
「はああ、やっと追いついたぁ。紺野さんと僕は、コンパスの差があるんだから、あんなに速歩で歩かれるときついよぉ」
駆けてきたのだろうミハネが、背中にどんと、勢いよくぶつかる。そして逃すまいとするように、ぎゅっときつく抱きついてきた。
冬で良かったと正直思う。焦りと恥ずかしさで、胸の音がうるさい。
分厚いダウンジャケット越しであれば、その音は伝わらないだろう。それでもぴったりと背中に、隙間なく抱きつかれて居心地が悪い。
「ミハネ、邪魔だ」
「えー、やだよ。僕、離れないからね」
「はぁ」
「紺野さん、大好き」
幸い人混みから外れている。おそらく無意識に、足がそちらへ向いた。けれど時折通りすがるカップルが、二度見をして振り返る。
昨年、うちに来た頃はまだ背も小さくて、少年という顔立ちだったのに。いつの間にやら背が伸びて、大人びてきた。
さすがに子供がじゃれついているだけには、見えないな。暗いのでそこまではっきりと、目に留まらないかと、諦める。
こちらの力が抜けたのを、感じたのだろうミハネは、さらにぐりぐりと頭突きするみたいに、すり寄ってきた。
「あ、紺野さん。ここもしかして夜景のスポットかな?」
「え?」
「見て、すごい綺麗だね。あれ、観覧車、だよね? ロマンチックだね」
ウキウキとした声に顔を上げれば、道沿いの手すりの向こう、対岸は、まばゆい光の海。高層ビルの中に浮かび上がる観覧車は、確かに風情がある。
……この公園、道理でカップルが多いわけだ。
「帰るぞ」
「えぇ! もうちょっと堪能しようよ! せっかくの二人きり!」
小さな子供が、まるでスーパーで駄々をこねるような、そんな様子。人の腕をしっかりと掴み、その場で必死で踏ん張る。
呆れて見下ろせば、今日一番のふくれっ面だ。
「別に、普段も変わらないだろ。家にいたって、人の部屋に居座ってるじゃねぇか」
「ちーがーうー! 見て! イルミネーションが綺麗でしょ! 夜景も綺麗でしょ? いま、この場面が大事なの!」
「じゃあ、写真、撮れば?」
「うー、それなら紺野さんと、ツーショットがいい!」
「寒いから、撮るならさっさとしろよ」
「ええっ! いいの?」
思わぬ返事に驚きすぎたのか、ぱっと手が離れて、そのままひっくり返りそうになる。それをため息交じりに引き止めると、俺はポケットに突っ込んでいた携帯電話を取り出した。
「カメラ、逆にすんのどうやるんだっけ」
普段、話のネタに写真を撮ることはあるけれど、自分にカメラを向けたことがない。とりあえずそれっぽいものをタッチしたら、画面が切り替わった。
まだぼんやりしている、ミハネの肩を引き寄せて、カメラを構えたところで我に返る。
「待って待って! 適当なの撮らないで! いま僕、変な顔してた!」
「お前はいつでも変な顔だろ」
「ひどい!」
またふくれっ面を極めたところで、シャッターを切ると、絶妙に面白い写真が撮れた。バッと手元を覗き込んでくるミハネは、それを見て眉間にしわを寄せる。
「ぐぬぬ、僕、めっちゃ変顔」
「だからお前は」
「それなのに紺野さんの笑顔が最高すぎて……ムカつく!」
「ミハネのぶさ顔も可愛いって」
「もう一回、笑ってよ!」
「いやだね。ほら、もう帰るぞ。婆さんが晩飯を作って待ってる」
先ほどのように腕にしがみつくけれど、それをずるずる引きずるように歩く。しかしもう一回もう一回! と、後ろで騒ぐから、人目が集まった。
これ以上は面倒くさい。
「大きな飴をやるから、大人しくしろ」
「飴より紺野さんがいい!」
「じゃあ、いいだろ」
「ふぇっ?」
身を屈めて、騒がしい口を唇で塞いだら、おかしな声を上げて固まった。じっと瞳を見つめ返すと、しゅわしゅわと、茹だったように顔が赤く染まる。
暗がりでもわかるほどの赤面ぶりに、思わず笑いが込み上がった。
「ふはっ、なんだその顔」
「も、もう! いきなりずるい! もうもうもう! そんでその笑顔ずるい! カメラ、カメラ!」
「写真はさっき撮っただろ。帰るんだよ。もうもう、牛かよ」
「紺野さん! もう一回!」
あたふたとポケットを探っている手を掴んで、強引に歩みを進めれば、火照るくらいの熱が手の平に伝わってくる。
「好き、紺野さん」
「……俺も好きだよ」
「え? いまなんて言ったの?」
「別に、腹が減った」
「えー? なんかもっと別な言葉だったよ?」
「腹が減った」
毎日毎日、好きだ好きだって連呼されて。本当に自分しか目に入っていないみたいに、ぶつかってこられたら――罪悪感なんて忘れて、ほだされもするよな。
ずっと小さい子供みたいに思っていたのに、あの頃はそんな気持ちなかったはずなのに。
「紺野文昭さん! 好きー! 好きでーす! りぴーとあふたーみー! すーきー!」
「うるせぇよ」
「あっ! 今日はクリスマスだから一緒に寝ようね」
「クリスマスとか関係ないだろ、それ」
「じゃあ、クリスマスプレゼント交換しよう!」
「そんなもんねぇよ」
「ええっ!」
騒がしくてしつこくて、めげるって言葉を知らない。昔の彼とは、少し違うミハネという少年が、いまは誰より愛おしいと思ってしまった。
誰かの幸せの数を考えるより、その笑顔を――ずっと手元に置いておきたい、そんなことを考えてしまった。
幸せの数よりあふれる笑顔/end
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