今回の首謀者は誰なのか。
アルフォンソは辛辣さはあるが、効率重視な性格が影響しているだけで常識人だ。
ミレアは感情的に動く面はあっても平和主義なので、利益のために息子の自由を奪うなどと考えも及ばないだろう。
となれば残りのどちらか、いや残りの二人が首謀者、共犯と考えるほうがいい。
ルバリオはアルフォンソの行動力と、グレモントの慎重さを兼ね備えている。バランス的な人物と称していいが、欠点もあった。
それはグレモントに強く引き継がれた、疑り深さと王位――国に対する執着心だ。
歴史に刻まれる存在を、加護を失ってしまいたくないルバリオ。
聖女がいれば、なんとかなると思っていたのに当てが外れ、加護が薄まり、自分の代に陰りが差すのを恐れ始めたグレモント。
「これは、やられたな」
ソファに倒れ込む前に、リューウェイクの伸ばした手が触れ、カップがひっくり返った音は聞こえた気がする。
だが意識を失っていた合間は、夢を見ることもなければ、物音や人の気配すら感じられなかった。
目を閉じて、再び開くまでの時間が完全に抜け落ちており、目覚めた状況を理解するのにリューウェイクは数秒要した。
体を起こし、見回した場所は見覚えのある自室ではないが、貴賓を留め置くのに十分と言える上質な調度品がある部屋だ。
広さはさほどなく、雪兎と夜を共にした貸部屋とあまり変わらない。
リューウェイクが横たわっていた寝台。ソファにテーブル、文机がある程度で、ほかの場所も確認してみれば、水回りも部屋から続いていた。
一見すると特筆する部分はないけれど、外部へ繋がっているとおぼしき扉が、外から鍵がかかっている点と――
「窓に鉄格子、か。もしかしてここは北にある離宮か」
思い浮かんだのは王都から一日半ほどかかる場所にある、罪を負った王族を幽閉するための離宮だった。
移動距離のわりには、北の果てと言われるほど王都に比べ寒暖差が激しい。
真冬のいまは外に出ると、おそらく凍えるほど寒いだろう。
鉄格子の隙間から外を覗き見てみたら、真っ白な雪景色だった。
「あれからどのくらい時間が経ったんだろうか。はあ、まさかこんな手荒な手段を執るなんて……思いもしなかった」
彼らはこの世界に、リューウェイクを繋ぎ止めたところで、根本的な解決にならないと理解していない。
女神はリューウェイクが幸せを感じていない、現状を憂い嘆いている。
健やかに暮らし幸せを甘受できるよう、女神は愛し子が存在するあいだ、国に幸福をもたらす。
それが文献にある言葉だ。
あとは自分たちで、これから先の国を考えてくれと、リューウェイクは言ったけれど――
愛し子が存在していれば国が安泰という、間違った思い込みを正すのが先だったとは。
「我が父と兄ながら、なんと頭の悪いことか。目先の出来事に囚われるなんて」
冷たい鉄格子に額を預けて、リューウェイクはため息をつく。
しんしんと雪が降る場所は、外界から遮断された異空間にいる錯覚がした。
「ユキさんはどうしているだろう。バロンは僕の居場所に気づいているんだろうか」
そもそもいまの日付も時刻もわからない。
新年の宴の当日は、元より雪兎と行動を共にする暇もないので、リューウェイク不在に気づかなくても仕方がない。
「翌日はもしかしたら――不在を誤魔化しているかもしれないな」
あの夜にお茶を持ってきてくれたメイドの様子は、いま思い返せばどこかぎこちなかった。
彼女は長く勤めてくれている人物だ。理由もなく主人を謀るはずがないので、やむにやまれぬ事情があったのだろう。
「さてどうしたものか」
うな垂れていてもなんの解決にもならないため、リューウェイクは顔を上げて、もう一度部屋の中を見回す。
部屋は魔力暴走にも耐えられる仕様になっていて、ここで扉を破壊して出るのは不可能だ。
さらに注意深く部屋を観察し、外部へ繋がる扉の横に、小さな取っ手がついた部位を見つけた。
指先でつまむ程度の大きさの取っ手を引くと、そこには応答石がはめ込まれている。
「なるほど、これで外部へ連絡がつくのか」
目隠しされているのは、ここへ収容されるのが健常者でない場合の対応だろう。
錯乱などでむやみやたらに触れたり、壊したりしないよう配慮しているのだ。
手をかざして魔力を流し込むと、さほど時間を待たずに部屋の鍵が開けられる音がした。
「あ、そうか……君が対応するのか」
扉を開き現れたのは、実行犯と思われるメイドと、もうすぐ結婚予定だった第一騎士団の騎士だ。
二人が関わっているということは、ルバリオたちから婚姻に関して、圧力がかかったのかもしれない。
暗い表情の彼に、リューウェイクのほうが申し訳ない気持ちになった。
「謝る必要はない。とりあえずいまの状況と、なにか食べ物をもらえないだろうか」
いまにも膝をつき頭を下げそうな雰囲気だったので、先に行動を制すると眉が情けなく下がり、彼は泣き顔のようになる。
自分のせいで、二人の将来を脅かしてしまったのだから、本来はリューウェイクが頭を下げるべきだ。
だがそうするとますます恐縮してしまうため、話を進めるのが最善だろう。
「……現在、新年祭から三日ほど経っています。この離宮にはいま近衛隊の数名と、ルバリオ閣下の私兵隊が駐在しており、リューウェイク殿下を部屋から一歩も出さぬよう厳命されています」
見張り役を与えられた騎士――カイルはすぐに温かな料理を用意してくれ、リューウェイクが食事をしているあいだに、いまの状況を語ってくれる。
予想通りの人物の采配とわかり、納得と呆れる感情が真っ先に湧いた。
「長く眠っていたわりに身体の調子は悪くない。回復魔法をかけられていたのか」
ついでにすぐ目覚めないよう、薬か香を嗅がされていた可能性もある。
お茶に含まれた薬には強烈な効果があったが、浄化作用を持つリューウェイクを三日も眠りにつかせるのは困難だ。
「新年の休日が明け、王都ではなにごとも起きていないかのように皆、過ごされています。実際に知るのはごく限られた者ですので、そこから足がつかなければわからないのも道理かと。私の婚約者は現在、結婚の準備と称して家に下がらせています」
「なるほど、ユキトさまやオウカさまはいま」
「実は宴の朝に、ユキトさまが殿下の部屋を訪ねてこられました。すでに職務にあたっていると伝えたらしいのですが、所在をひどく気にしていたようです」
「もしかしたらまた夢でも見たかな」
夏の遠征で雪兎がやけに心配していたのは、予知夢の影響だったと聞いた。
夢の中でリューウェイクがバロンの爪に引き裂かれ、血溜まりに横たわっていたと言われて、雪兎の心配に納得した。
「さすがに三日も連絡がつかないとなれば、異常が起きていると確信していらっしゃいます。ただ殿下を探すのは難しいかと」
「え? なぜだ」
「王都からこの場所へ至る道が封鎖されています。表向き崖崩れとされていますが、人為的な被害でしょう。それと離宮全体に魔力を遮断するなにかが張り巡らされているようです」
「魔力を遮断――なるほど」
なぜ三日も過ぎて、バロンが気づかないのかと思っていたが、理由がわかり合点がいく。
リューウェイクを探そうにも肝心の魔力を辿れない、見つけられないのだ。
となるとリューウェイク自身がここから出るか、外から見つけてもらう必要がある。
「殿下、私たちを恨んでおられないのですか? いまもこうして目の前にいるのに、抜け出す手伝いすらしない」
リューウェイクが考え込んでいると、呟きにも似た声でカイルが嘆きの言葉を漏らす。
声からはもどかしくてならない、いっそ恨み辛みをぶつけられたい、という考えがよく伝わってくる。
だとしてもリューウェイクは恨むどころか、救ってやりたいと思う。
「君たちが結婚を、添い遂げる未来を諦める選択をしなくて良かった」
「保身です」
「国に属する者が君主に逆らえないのは当然だ。そもそも自分たちの人生を投げ打つなんて真似、大事な部下に私は望まない。私はいつだって君たちの幸せを願っている」
「殿下のように、下々の目線に立てる人こそが――」
「ああ、なるほど。いまやっとわかった。私は君たちにそう思わせてはいけなかったんだな。私があの人たちに認めてもらうには、存在してはいけなかったんだ。人の目につかぬよう息をひそめて、価値のないものとして示さなければいけなかった」
ずっと兄たちの役に立とうと奮起していた、それこそが疎まれる原因だったとは、空回りにもほどがある。
自嘲気味に笑う、リューウェイクの表情を見たカイルは、やるせない顔で唇を噛む。
「どうにかして、ここから殿下の脱出を可能にする糸口を探します。私以外にも殿下を慕う者たちがいます。なにが発端かはわかりませんが、この状況は我々も許せないと感じているのです」
原因を知らない者たちから見れば、ルバリオとグレモントの乱心かと思うに違いない。
ようやく安寧を手に入れた、リューウェイクの旅立つ日を見守っていた者たちには、衝撃的な状況。
散々疎んじてきたというのにいまさらなぜ、阻む真似を――という気もするだろう。
「無理はしないでくれ」
「表立って動けませんが、必ず」
「だったらこれを、遮断の妨害を受けない場所に置いてきてくれないか? 私の魔力を込めておく」
雪兎に贈られてから、肌身離さずつけていた暗赤色のピアス。
片方を取り、魔石に込められるだけ目いっぱいに魔力を注ぎ込んだ。
元々雪兎の祝福が込められているので、そこに混ぜるよう馴染ませた。
「小さいから目立たないし、雪に埋もれれば見つかる心配もない。王都からの道は封鎖されているが、君たちが行き来しているならば、正規ではない裏道があるのだろう?」
「はい、王族の方の許可が――預けられた物を持った者が先導しないと、通ることも見つけることもできない道です」
「そうか、ならばきっとなんとかなる。まあ、私は寝て待つしかできないが」
肩をすくめ、リューウェイクがおどけたように笑えば、ほんの少しだけカイルも表情を和らげた。
どうなんとかなるかは正直わからないけれど、リューウェイクが信じる者たちは、確実に自身を見つけ出してくれる。
やる気が空回って力みすぎないようカイルを励まして、部屋を出る彼を見送ったリューウェイクは、再び窓の外を眺めた。
「雪、か。ユキさんのユキはこの言葉だったな。赤く見える目がうさぎのようだからつけられた名前で、雪のうさぎと書くと言っていた。雪うさぎか、可愛らしいな」
小さくてふわふわの真っ黒なうさぎを思い浮かべ、リューウェイクは口元を緩める。
本人からは想像できない姿形だけれど、なんとなくこんな状況下では癒やされた。
「ユキさん、早く会いたい。貴方の隣に帰りたいよ。……その前に、バロンが怒り狂っていないといいが、大丈夫だろうか」
可愛らしい黒うさぎから、真っ白な巨躯の聖獣に変わり、頭の中で吼え散らかす様子が浮かんだ。
これまではリューウェイクの気持ちを尊重して、旅立つまで見守る姿勢を見せていた。
だというのに王家は気持ちを入れ替えるどころか、期待を裏切る結果である。
「聖獣は人を殺めないらしいけど、物に当たるのはきっとありだ。ふふ、城の修繕費はどのくらいかかるかな」
緊迫した状況下で笑えるのは心に余裕がある証拠だ。
以前のリューウェイクであれば沈痛な面持ちだっただろう。一人でなんとかしなければと考えた。
いまは寂しさこそあれ、静かな落ち着いた気持ちで事態が動くのを待てそうだった。
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