新しい出逢いへと目を向けさせようとするのは、二人の真の優しさから来るものだ。女の子に最近トキメキを感じないとぼやいていた光喜に、この男ならきっと大丈夫だと、そう思って紹介したのも想像が容易い。週に一、二度は顔を合わせるので今日で会うのは六回目。初めて会った時の印象から変わらず、本当に小津は気のいい優しい男だった。
しかし彼の優しさが染み入るほどに、光喜の心はひどく渇きそうになる。それは小津の気持ちが近づくほどに勝利が離れていくからだ。彼自身そんなことは考えていないのだろうが、もうこの関係はおしまいだ、そう言われているような気がした。
「そういえば二人とも引っ越しの準備は進んでる? 今月末だったよね?」
「自分のほうは引っ越し業者にも頼んで少しずつ片付けているんですけど、笠原さんのほうはまだ全然、でしたよね」
「ま、まったく問題ない! 荷物そんなに多くないし」
「そう言ってるあいだに当日になっちゃいますよ」
和やかな笑い声がやけに耳について、奥のほうでキーンと音を響かせる。好きだから傍にいたいと思った。傍にいるのが楽しかったから、このままでもいいと思った。けれどいまは笑顔を見ているのも辛くなる。
こんなはずではなかった。昔みたいに二人で楽しくいられればそれで良かったはずなのに、ごちゃ混ぜになった感情が光喜の中で渦を巻いていく。
「光喜くん?」
「え?」
ふいに聞こえた声に光喜の肩が跳ね上がった。指先に触れたグラスが傾いて、気泡を浮かべる黄色い液体がテーブルに広がる。それはどんどんと広がって、端からこぼれ落ちていく。
「大丈夫? あ、ズボン汚れちゃうよ」
「ああ、うん。ごめん」
したたり落ちるビールがほんの少しデニムにシミを作る。けれど見た目とは裏腹な小津の素早い反応で、数滴落ちるだけに留まった。ぼんやりと瞬きをしながら光喜はテーブルを拭く大きな手を見つめる。
四人で鍋を囲んで突き合っていた時はまだいつものように笑えていた。けれどいつの間にか身体が鉛のように重くなって、その先の意識があまりない。
「光喜、大丈夫か? 具合、悪いのか?」
「……ああ、ちょっと眠くなってきたかな」
「結構飲んでるよな」
「うん」
目の前の心配げな顔に笑みを返すけれど、上手く笑えた気がしなくて光喜はゆるりと視線を落とす。けれどふいに頭に優しく触れるぬくもりを感じてとっさに顔を持ち上げた。
「もし良かったら少し横になる?」
身を屈めてのぞき込んでくるその顔を光喜がじっと見つめると、分厚い手が壊れ物を扱うみたいにそっと髪を撫でる。それは懐かしさを覚える感触だった。幼い頃に母親が、愛おしい愛おしいと撫でてくれた時のような優しさ。
「小津さんのベッド貸してくれる?」
「えっ! ちょ、ちょっと待ってて、片付けるから!」
「嘘だってば、ソファでいいよ」
「……待ってて」
ほんの少し真顔になったその表情がおかしくて、思わず光喜は吹き出すように笑ってしまう。その瞬間、重たかった身体がふっと軽くなる。慌ただしく二階へ駆け上がっていく後ろ姿に唇が緩んだ。
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