03.緊張の初めまして

 新幹線で二時間ほど。電車を乗り継ぎ久しぶり降り立った小さな駅は、それほど昔と変わらない。年に一度帰るか帰らないか、そんな頻度だが迷いようがないほどだ。隣でキョロキョロと物珍しげに視線をさ迷わせている顔に小さく笑みを浮かべながら、二十分ほど歩く。

 去年外装を新しくした家は真新しさを感じる佇まいだ。広い敷地に二階建ての母屋、カーポートに駐まっている車は妹のもの。その奥にはこぢんまりとした離れがある。そこは父親の工房だ。玄関の前に立つと光喜は途端に緊張した面持ちになり背筋を伸ばす。
 その横顔に手を伸ばして髪を撫でてあげると、少し頼りない眼差しを向けてくる。そして指先でシャツの裾を握りしめてくるそれが可愛くて、小津は肩を抱き寄せて小さな頭にすり寄った。

「大丈夫?」

「う、うん、なんとか」

 ぎこちない表情で頷く光喜はますますぎゅっと服を握りしめてくる。それをそっと解いて手のひらを合わせて繋ぐと、目を丸くしながら頬を染めた。
 照れて俯く横顔を見つめてから、ようやく呼び鈴に手を伸ばす。甲高い音が響いて、数分と経たないうちに磨りガラスの向こう側に人影が見えてくる。足音を立てながら玄関扉を開けたのは父親だった。

「ただいま」

「おお、おかえり」

「母さんはいないのかな?」

「いや、いるよ。朝からめかし込んで落ち着かなくってな。おーい、母さん、希美! 修平が帰ってきたぞ」

 後ろを振り返り父親――高道が声を上げるが、なにやらリビングでバタバタするものの二人は顔を見せない。その様子にため息をついて父は視線をこちらに戻す。そして息子を見てから隣に立つ光喜へ目を向けた。

「まあ、上がりなさい」

 顔が強ばっていることに気づいたのか、高道はふっと目を細めて笑う。その表情に光喜は目を瞬かせてから隣に立つ恋人と父親を見比べた。彼の反応に小津が首を傾げてみせれば、頬がポッと赤く染まる。

「どうかした?」

「……お父さん、ほんとに小津さんにそっくり」

 こっそり耳打ちしてくる光喜は先を行く高道をちらちらと見ながら、ますます頬を染めた。父親は小津ほど身体は大きくはないが、高い背丈としっかりとした身体付き。温和なのんびりとした雰囲気もよく似ている。
 けれどじっと背中を見つめる眼差しに胸の内が複雑になってしまう。

「んふふ、もうちょっと年を重ねたら小津さんもあんな感じなのかな?」

「え?」

「なんか未来の小津さんみたいで不思議な感じ」

「あ、そっか、そういうことか」

「なにが?」

「ううん、なんでもない」

 楽しげに笑う顔に思わずほっと息をついていた。不思議そうに首を傾げるけれど、あまりにも狭い自分の心を言葉にできず小津は曖昧に笑ってしまう。しばらくじっと見つめられてしまったが、リビングに入ると繋いだ手にまた力がこもる。
 広いリビングには父親と違う視線が二つ。なぜか二人並んで待ち構えていた母親と妹の姿に小津は目を丸くする。興味津々な視線はまっすぐに光喜へと注がれていて、それが怖くなったのかまた不安げな眼差しが小津に向けられた。

「二人とも、そんなにまじまじと見たら可哀想だろう」

 リビングから繋がる和室で腰を下ろしていた高道が呆れたような声で咎める。その声でようやく我に返ったのか、妹の希美が大きな瞳を瞬かせる。そして両手を頬に当てて突然悲鳴に近い声を上げた。しかしそれだけでは済まず、リビングに響き渡るその声にもう一つの声も重なった。

「お兄ちゃん!」

「修平!」

「時原光喜!」

 一斉に声を上げた二人の声が絶妙な具合に重なり合い、いきなり名前を呼ばれた光喜は大きく肩を跳ね上げる。まるでを獲物を前にした肉食獣のように目をらんらんとさせる二人に、逃げ腰になった彼は一歩後ずさり小津の背中にくっついた。

「希美も母さんも、そんなにギラギラした目で見ないで。光喜くんが怖がってる」

「やっぱり! 本物!」

「きゃー、やだ、お母さんもうちょっと綺麗にお化粧したら良かった」

「……いまでも十分だと思うよ」

 いつもより頬紅の色が濃い母親の顔に苦笑いが浮かぶ。そして二人の反応にようやく合点がいく。ファッション誌に何度かお世話になったことがきっかけで、妹の希美が男性モデルに興味を持ち始め、母親の敦子と一緒に雑誌を買い集め騒いでいた。
 おそらくその中に光喜も含まれていたのだろう。さほどそこに興味を持っていなかったので小津は二人の推しまで把握していなかった。

「初めまして! 小津希美です! あ、あの、握手してください」

「修平がお世話になって、母の敦子です」

「あ、はい。えっと、はじめまして、よろしくお願いします」

 ぐいぐい迫ってくる二人に光喜の顔が困惑の表情を浮かべる。けれど恋人の家族を無下に扱うわけにはいかないと思ったのだろう。おずおずと手を差し伸べる。二人はその手を両手で握りながらきゃっきゃと女子中高生のように騒いだ。
 けれどさすがにそれ以上は可哀想で、小津は光喜を自分の傍に引き寄せた。すると助け船を出すように父親が声を上げる。

「おい、母さん。お客さんにお茶も出さないのか」

「あら、ごめんなさい。光喜くん、どうぞどうぞ座ってちょうだい。甘いものはお好きかしら?」

「あ、はい」

 小さく頷いた光喜に上機嫌な顔をして、敦子はスキップでもしそうな勢いでキッチンへと向かいリビングを出て行く。希美は一緒に写真が撮りたいと勢い込んでくるが、それはあとにしなさいと父親に諭されて大人しくなった。
 一息ついてリビングのソファに座る頃には、光喜の顔はひどく疲れた色を見せていた。その表情に申し訳なさが募って、小津は優しく彼の頭を撫でてあげた。

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