君と僕の秘密
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 道を歩けば誰もが君を振り返る。颯爽と歩く君のことは誰が見ても秀でていると言うだろう。柔らかく微笑むだけで心を奪われて、手を差し伸べればみんなが勘違いをしてしまう。けれど君の秘密を知っているのは僕だけだ。
 だから隣を歩く自分が誰の目に留まらなくとも気にしない。

「もし良かったらこのあとお時間!」

「ああ、ごめん。友達と一緒だから」

「え? ……ああ」

 その残念なものでも見るような目、もうだいぶ慣れたよ。キラキラオーラを放っている日本人離れした彼の隣にいるのは、墨を落としたみたいな真っ黒けな地味な僕。わかってるわかってる、ぐるりと全方向回転してもすべてが様になる彼とは天と地ほど違うってね。
 でもね、背が小さくて分厚い瓶底眼鏡の僕だけど、みんなが振り向く彼は僕のものなんだ。いまだって瞳を輝かせてこちらを見下ろしている。

「アキ、行こう」

「うん」

 それは薄茶色い髪の隙間から大きな耳が生えていそうな反応。ピンと立った耳とお尻で揺れる尻尾が見えてきそうだと思わない? すごく可愛いよね。けれど本当の彼はもっと可愛いんだよ。

「トキ、そろそろ俺、うちに帰りたいかも」

「もう疲れちゃったの? まだ少し楽しみたかったのに」

「ご、ごめん、もうちょっと頑張る」

「……んー、いいよ。帰ろっか」

 しょぼんと耳が萎れてしまったけれど、右手を差し出せばすぐに瞳が輝き出す。ぎゅっと握られた手をそのままに二人で帰路につく。
 僕たちが帰る場所は一緒だ。なぜって? それは単純明快、家族だからだ。アキと僕は言っても大体信じて貰えないが正真正銘、血の繋がった兄弟。僕がお兄ちゃんでアキが弟。見ての通り兄弟仲は良好で昔から弟は僕にべったり。
 なんで友達って言うことにしているのか、それは説明が面倒くさいからだ。

「ただいまぁ」

「お疲れさま」

 二人暮らしの我が家に着くとアキはほっとした顔をする。そして少し重たいため息をついて、しゃんと伸びていた背中が急に丸くなった。その背中を労るように叩けばまた満面の笑みを浮かべて振り返る。

「ねぇ、トキ、そろそろ交代しよう」

「僕はこのままのほうが楽だけど」

「ええ! やだやだ、早くいつものトキが見たい!」

「じゃあ、とりあえずコンタクト外して」

 二人で洗面台の前に立って目をぱちんと瞬かせて瞳の中のレンズを外す。そうすると鏡に映るのはちぐはぐな黒と緑。アキの片目が黒で、僕の片目が緑。茶色のコンタクトレンズを両目とも外すと、うざったそうに髪へ手をやった弟はさらさらの薄茶色いウィッグも外した。
 そして手を伸ばしたのは野暮ったい黒縁眼鏡。長い前髪が眼鏡にかかって目元が隠れた。そうするとさっきまでの僕みたいに様変わり。

「トキも外して」

「うん」

 伸ばされた手が僕の髪をわしわしと掴み黒いウィッグがするりと外れる。下から現れたのはプラチナブロンド。コンタクトを両目外してケースに収めているあいだ、アキは隣でそわそわしていた。
 その視線に応えて振り向くと、両手を広げてあげる。すると飛びつくみたいに抱きついてきた。

「トキ、可愛い、可愛い。俺、こっちのトキのほうが好き」

「いやだよ、僕は目立ちたくないからね。格好いいアキの隣で添え物みたいにして歩くのが楽しいんだ」

「んんー、でもこのトキを知ってるのはいま俺しかいないって思えば、優越感?」

「だろう? それが楽しいんだよ」

「ああ、トキ、可愛い、可愛いなぁ。ちゅーしていい?」

「今日の頑張ったご褒美な」

 誰もが振り向くイケメンの秘密は甘ったれの甘えん坊で重度のブラコンで、実はコミュ障のものぐさ。普段は伸びきったスウェットに分厚い眼鏡で、ボサボサの頭を掻きながら部屋を闊歩している。

「トキ、大好き」

 にんまりと弧を描いた唇が近づいて不器用に押し当てられる。ちゅっちゅと吸いついたアキは先を求めるように舌を伸ばす。もう一つの秘密は僕の恋人が彼で彼の恋人が僕。これは大事な秘密だよ。
 だからしっかりと鍵をかけてしまっておいて。 

君と僕の秘密/end

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