二人の……事情

 下ろされた場所は、至極見覚えのあるベッドの上だった。
 今朝ロヴェと目覚めた際、見たばかりなので忘れる間もなかったけれど、自室から一瞬の感覚でリトは状況を理解ができないでいる。

 そうこうしているうちに、ロヴェがベッドに乗り上がってきて、まるで押し倒されたかのような体勢になった。

「リトの寝室と俺の寝室は繋がっている。君のほうから鍵もかけられるので、自由にするといい」

「は、い……というか、ロヴェはなぜ怒ったんですか?」

「俺が君以外に欲情する男だと思われたから腹立たしかった」

「ご、ごめんなさい! そんなつもりではなくて! ふっと、何気なく、ちょっと気になっただけなんです!」

 眉間のしわを深くして、どこか拗ねた物言いをするロヴェの様子に、リトは慌てふためいた。
 男は性欲処理に愛情は関係ないと聞いた覚えがあり、もしかして何度か経験があるのではと思ってしまった自分の失態を悟る。

 王族はほかの獣人よりも輪をかけて番主義なのだ。
 先ほどの発言はある意味、ロヴェへの侮辱と取られても仕方がない。

「リト以外など無理だ。そもそも使い物にならない」

「なる、ほど、気持ちに直結するって言いますしね。でもいままで一度もそういう気分にならなかったんですか? 僕も性欲は薄かったけど、まったくではなかったし」

「戦闘のあとは気分が昂ぶりがちではある」

 なにやらその先は言いにくいのか、いままでまっすぐに自分を見下ろしていた黄金色の瞳が口ごもった途端、そらされた。
 ひどく気まずそうな表情から、リトは自身が彼の右手のお供になっていたと察する。

(これは止むを得ないかな? 僕と違ってロヴェはまだ見ぬ僕の存在がずっと大きかったのだろうし、想像してしまうのは、うん。そう考えたらやっぱりロヴェってすごく理性的。こんな状況なのに)

 男は時としてケダモノだ――という、村の女性たちの言葉はちっとも当てはまらない。
 番のためにすべてを押さえ込んでしまえるロヴェが、リトは改めて愛おしくてならないと思った。

「あの、ロヴェ。僕、最初はロヴェによく似た獅子が生まれたら良いなぁって思ってます。それでうんと可愛がって、ロヴェみたいに立派な王様になれるよう育てたいです」

「……俺は君によく似た子が欲しい」

「じゃあ、二人は確実ですね」

 ようやく落ち着いたのか、リトが笑んでみせると覆い被さるように抱きついてきたロヴェが、ゆっくりと長い息を吐き出した。
 そっと横顔を盗み見れば、さりげなく押し潰さないよう体勢を変えてから、彼はリトを抱きしめたまま目を閉じている。

「こんなに小さくて、壊してしまったらどうしようか」

「僕は結構丈夫ですよ」

 心配してしまうのも無理はない。抱きしめられているいま、リトはロヴェの腕の中にすっぽり収まってしまっている。
 体だけでなく手足の太さもまるきり違う。

 感情の赴くままに貪られたら大変な結果になりそうであるものの、ロヴェがうっかりでもそんな真似をするのは想像ができず、彼に火を付けるのはきっと自分だと思えた。
 触れ合って口づけするだけで、リトの理性は簡単に溶けていくくらい脆弱なのだ。

「リト、俺の可愛い子猫。君が壊れてしまったら俺はどうにかなってしまう」

「僕は貴方に触れられるとどうにかなってしまいそうです」

「相変わらず俺を煽るのが得意だな。性欲は薄いんじゃなかったのか?」

「なぜかロヴェに触れられるとたまらなくなってしまうんです」

「……それは俺も同感だ」

 ロヴェの指がさらりとリトの髪を梳いて、後ろへ手が回ると優しく引き寄せられる。
 口づけされるとわかった瞬間、胸がドキドキと騒いで嬉しくて、リトはすぐにでも抱きついてしまいたくなった。

 それでもぐっとこらえて待てば、柔らかな感触に唇を食まれ、何度も味わうようについばまれる。
 たまらない気持ち良さにリトはさらに奥まで来て欲しくなり、ロヴェの胸元を握って引き寄せる仕草をした。

 そんなおねだりに気づいたのだろうロヴェは、のし掛かるように体勢を変え、ベッドにリトを押しつけながら口の中を貪り始める。
 これまでで一番肉欲的な口づけで、舌が絡み唾液が混ざる音が静かな空間に響いた。

「ロヴェ、ロヴェっ」

「ああ、可愛らしいな。こんなに反応して」

「あっ、ぁ……」

 もじもじと腰を揺らすリトの様子に口元を緩めると、ロヴェはためらいもなく下穿きを押し上げ反応を見せる場所を手で触れる。
 布越しだというのに自分とは違う大きな手に触れられ、あまりの善さにリトは震える声を漏らした。

「リトはどこもかしこも愛らしいな」

 首筋を這う唇、再び不埒にシャツの下に潜り込み胸の尖りを愛でる指先。
 下肢の刺激だけでもたまらないというのに、ロヴェの愛撫はまるで麻薬のように頭を馬鹿にする。

「あ、やだっ、僕……もうっ」

 あまりにも呆気なく達してしまい、リトの顔は見る間に赤く染まっていく。
 自分の快楽への弱さが恥ずかしくて仕方がないというのに、ロヴェは可愛い可愛いと囁いて頬に口づけを降らしてくる。

「ロヴェの意地悪!」

「なぜだ? 愛らしいと、可愛いと言っているだけではないか」

「まだ達したくなかったのに」

「そうか、まだ気持ち良くなっていたかったのだな。それは申し訳ないことをした」

「え? えっ? ちょっとロヴェ! 手際が良すぎです!」

 頬に口づけながらリトの下穿きを支える腰紐を解き、いつの間にかロヴェはするっとリトの下半身を裸にしてしまった。

(恥ずかしい、恥ずかしい。なんだかすごく見られてる!)

「ふむ、確かにこれは時間をかけないと傷つけかねないな。リトはこんなところまで小さくて可愛らしいのだな」

「ひゃぁっ」

 体を起こし、横たわるリトを見下ろしていたロヴェが突然、指先で尻の奥を撫で始めたので上擦った声が出た。
 自分の情けない声に羞恥で震えれば、彼は身を屈めて頬に口づけをくれる。

「夜伽はここを使うと理解しているか?」

「……そ、そっか、同性同士は、そこです、よね」

「そうだ。この小さい孔で俺のものを受け入れるんだ」

「待って、ロヴェ! やっ、そんなに触らないでくださいっ、汚い、汚いから! 湯浴みをさせて!」

 すりすりと指の腹で何度も撫でられ、なんとも言えないムラムラとした気分になってしまい、必死で身をよじったリトは身を縮めてロヴェから距離を取ろうとする。
 だというのに、ロヴェはそんな姿をやんわりと目を細めて見つめ、餌を目にした獣みたいに舌で唇を湿らせた。

(もしかして興奮状態になってたりしないよね? いつもより瞳の色が濃いような気はするけど。本能で襲いかかられたら絶対に勝ち目がない)

 現在の獣人は基本人間寄りではあるけれど、根底の本能は獣である。
 本能の強さが性衝動に直結する場合があるため、気持ちを安定させる装身具を身につける獣人もいると今日の授業で習った。

(陛下は非常に理性的ですから大丈夫です、とか嘘じゃないの?)

「リト、いますぐに君を食らいたい」

「えぇっ?」

 まさかの本音が飛び出しリトが身を固めて構えると、きゅっと切なそうに眉が寄せられた。
 表情から自分の衝動と戦っているだろうロヴェの感情が伝わってきて、触れて良いのか、触れないほうが良いのか、リトはオロオロとする。

「すまない。……今夜も共に過ごしたいが、いまの俺ではリトを傷つけそうだから、少し待っていてくれ。またあとで来る」

 片手で顔を覆い、大きく息を吐き出したロヴェはベッドから降りると、そっとリトの体に毛布を掛けて部屋を出て行ってしまった。
 表情ははっきりとわからなかったものの、落ち込みがわかるほど獅子の耳がしょんぼりと萎れていたのが見えた。

「大丈夫かな、ロヴェ。……うーん、同じ男として気持ちはわかるんだよな」

 これまで行き場のなかった感情が、一気にリトへ集約されてしまったのだ。
 いくら常日頃から理性的と言っても、慣れない感情の操作はロヴェとて難しいだろう。

 リトでさえロヴェへの衝動の強さに驚いてしまうくらいで、誰よりも獣人らしい彼であればそれは想像以上に強烈に違いない。

「ロヴェにならなにをされてもいい、とか言いたくなるけど。現実的に無理だよね。……ロヴェのあれは思った以上にロヴェだった」

 リトの体が興奮して反応を見せたのと同じく、ロヴェもしっかりと反応を見せていた。
 ロザハールの衣装は体のラインが出ないゆったりとした作りなのに、昂ぶったロヴェのあれは大層立派で、リトは釘付けになりそうな視線を外すのが大変だったほどだ。

「装身具を取りにいったのかな? 戻るまでに湯浴みを済ませておこう」

 ズボンと下着は諦め、とりあえずもそもそと着崩れた衣服を直してからリトが自分の部屋へ戻ると、ミリィとダイトが戻ってきていた。
 どうやら外で待機していた彼らに、ロヴェが声をかけてくれたようだ。

 そしてやはりと言うべきか、二人にもわかるくらい、非常に珍しくロヴェが落ち込んでいたと聞き心配が募った。