家族の団らん

 夕刻が近づき、ナディアルが娘を迎えに来たが、まだレヴィーと離れたがらないので、今夜は一緒に食事をすることとなった。
 最近ではわりとよくある展開だ。

 国王一家と宰相一家、六人で食卓を囲むのはこれで何度目か。
 初めの頃はベルイがナナエルを膝の上に載せ、食事をしていた。けれど最近、食卓に合わせた子供用の椅子ができたので、いまはナナエルが自分でスプーンを握っている。

 口元やテーブルが汚れるのは当然で、レヴィーもこのくらいの時はロヴェが隣でせっせと口を拭いたり、手を拭いたりしていた。
 おかげでリトはゆっくり食事ができたため、とても感謝している。

 子供を産める体と言っても、女性体に変わるわけではなく、自身で乳を与えられないゆえに、乳母を雇うかと当初話が上がった。
 本来ない体の機能で子を孕み、産むのだから、産後の体の負担を考慮してでもある。

 侍女長に相談をして、離乳が済むまでは面倒を見てもらった。
 それでも乳を与える以外は、ロヴェと二人でレヴィーに寄り添って、ここまで育ててきたのだ。

「ナァディ、ナナエルが半分落ちてますよ」

「うわっ、ほんとだ。ナナちゃーん、スプーンを離しな」

 少し目を離した隙に、ナディアルとベルイのあいだにいた、ナナエルの体が前に傾いでいた。
 先ほどまで黙々と食べていたのに、急に眠くなったのだろう。

 ご飯を食べたい気持ちと眠りたい気持ちがあって、ナナエルはウトウトしながらも、ぎゅっとスプーンを握ったままだ。
 そっとナディアルが手からスプーンを離そうとしても、いやいやとしてまったく離す気配がない。

 あたふたしている番を見かねたのか、ベルイはため息をつくと子供の椅子を自身に寄せてから、ナナエルを抱き上げ膝に載せた。

「ナナエル、スプーンをナァディに渡して、手をトトさまに貸しなさい」

「とと、ねむい」

「あ、こら、ナナエル! 汚れた手でベーさんの上掛けを握っちゃ駄目だよ」

 ベルイの膝に収まると、寝床を見つけたとばかりに、ナナエルはくるんと丸くなる。
 子狐の眠る姿に皆、どこかほんわかとした気分になった。

「レヴィーも昔、よく食べながら寝ちゃってましたよね」

「ああ、危うく皿に顔を突っ込むところで、冷や汗を掻いた」

 当時を思い出したのか、隣のレヴィーへ視線を落としたロヴェが苦笑いを浮かべる。
 三人で一緒に食べられるようになり、常にリトかロヴェが横に座っていた。

 今日みたいな日はあいだに挟んで座るので、両親に視線を向けられたレヴィーは、目を瞬かせて小さく首を傾げる。

「僕も赤ちゃんの時はエルみたいだった?」

「そうだよ。いまは立派にお兄さんをしてるね」

「えへへ、妹が生まれるからもっと頑張るもん」

「父さまがいないときは、レヴィアンが母さまとこの子を守らなくてはいけないからな」

「うん!」

 優しくロヴェに撫でられ、ご機嫌になったレヴィーはもりもりと皿を平らげていく。
 いつもは好き嫌いをして端に避ける食べ物も、一瞬怯んだのち口に運んだ。

 周りにはレヴィーがリトにべったりで、男の子は母親を好むものだと思われている。
 だが実のところ、父親に憧れを抱き、尊敬している節があるので、レヴィーはロヴェに褒められるだろうことを率先してするのだ。

 いまも食べたあとにちらちらとロヴェを見上げ、褒められ待ちをしていた。

「偉いぞ、レヴィアン」

 あからさまな期待を込めた瞳で見上げられて、困った顔をしつつも、ロヴェはしっかりと息子を褒めてあげる。
 嬉しくて尻尾がパタパタしている様子が可愛くて、リトはロヴェと顔を見合わせ笑ってしまった。

 食事が済むとあまり長居はせずに解散している。
 以前はロヴェとベルイで、お酒を飲みながら話す時間を設けていたようだ。しかしいまは家庭第一なので、ナディアルと愛娘を連れて、ベルイはすぐに帰路につく。

「レヴィーもそろそろ眠る時間だね」

「浴槽で眠るんじゃないぞ」

「大丈夫、リーと一緒に数を数えるから」

 食後になると、さすがにレヴィーも眠くなってきたのだろう。
 ロヴェの腕に抱きかかえられながら、肩に頭を預けてまぶたを擦っている。

 レヴィーの部屋はリトの部屋の隣で、内扉を隔てて続いていた。
 レヴィー、リト、ロヴェの順に全部屋、行き来ができるようになっているのだ。
 夫婦の部屋が繋がっているのはよくあるが、子供部屋も繋がっているのは珍しい、と他国の人に言われたことがある。

 リトの感覚としては、廊下の入り口は三つあっても、三人で一つ屋根の下、暮らしているといった感じだ。
 獅子宮殿自体が大きな家なのだが、三つの部屋が我が家とでも言えばいいのか。

「父さま、母さま、おやすみなさい」

「おやすみ、レヴィー」

「レヴィアン、良い夢を。おやすみ」

 扉前で三人、交互に頬へ口づけし合うと、レヴィーは侍女長と手を繋ぎ、自分の部屋へ戻っていった。
 リトとロヴェはまっすぐに国王の部屋へと行き、部屋に入る前に白の騎士団を解散させる。

 ロヴェの活動中は、白の騎士団が付き従っているけれど、夜間は赤の騎士団が主に宮殿内を警備してくれるのだ。

「リト、湯には浸かれそうか?」

「はい、大丈夫です」

 室内に入るとリトの確認をとったロヴェが、恭しく番を抱き上げる。
 ここ最近、一緒に風呂に入るのが定番になっていた。最初は恥ずかしくてたまらなかったリトも、回数を重ねると慣れが出てくる。

 本来、侍女が世話をしてくれるのに、ロヴェが甲斐甲斐しくリトの体を清めてくれるため、至れり尽くせりだった。

 動物的に言うとグルーミングに近い行為かもしれない。
 舐めて毛並みを整える代わりと言えた。

 リトの体を洗い上げると、ゆっくりと広い浴槽へ移動させてくれ、優しく髪を洗ってくれる。そのあとは自身の体を洗ったり髪を洗ったり。
 戦場へ出ると国王とはいえ前線に立つロヴェは、自分でできることは自分で済ませるので、風呂も身支度も、簡単な料理さえもできてしまうそうだ。

「気分は悪くなっていないか?」

「平気です」

 リトのいる浴槽に身を沈めてきたロヴェは、後ろからそっと腕を回して、わずかに膨らんだ腹をいたわるように撫でる。
 二度目ではあるものの、こうして自分の体を見ると、リトは不思議な気持ちになった。

「ミリィのお腹ははち切れんばかりだったのにな」

「あれは双子だろう。若干違う魔力を二つ感じた」

「え? そうだったんですか? 二人には教えたんですか?」

「いや、言ってない。だがもう医師からそれとなく話を聞いているだろう」

「双子かぁ、この子が生まれるのと多分近いですよね」

 ミリィに似てもダイトに似ても、美形な子が生まれるのは確実だ。
 ロヴェの手の上に自身の手を重ねつつ、これからやってくる子はどちらに似るのだろうとリトは想像した。

「レヴィーはロヴェにそっくりだけど、この子は僕に似るのかなぁ? ロヴェ似の女の子だったらすごい美少女になるのに」

「俺はリトに似てるほうがいい。絶対に可愛らしい」

 すりすりと首筋に頬を寄せるロヴェの仕草に、リトは小さく笑った。
 すっかり父性が強くなった彼は、きっと娘が生まれたら、息子同様に可愛がるのだろう。

「あの、ロヴェ」

「どうした?」

「……えっと、今夜、少し」

「嬉しい誘いだな」

 ちらりとリトが後ろを振り返ると、足りない言葉の意味に気づいたロヴェが、やんわりと笑みを浮かべた。
 頬が赤く染まり、無意識に視線を落とせば、リトの顎を指先で引き寄せた彼が優しく唇に口づける。

「のぼせる前に行こうか」

 ついばむ口づけを数度交わしてから、ロヴェはリトを抱きかかえて浴槽を出た。
 そして大きく柔らかな布地で、抱きしめていた体を包み、ふんわりと優しい風で濡れた体や髪を乾かしていく。

 まっすぐとベッドへ向かうロヴェの胸元へ顔を埋め、リトは熱くなる頬を隠した。
 父親のロヴェが頼もしくて素敵だと思っていても、番として愛されたい欲がいまだにある。

 口づけをしたり触れたりするが、体をいたわってあまり行為をしようとしないため、リトから誘う回数が増えてしまったほどだ。
 定期的に診察をしてくれている院長は、体に負担がない程度であれば問題ないと言ってくれている。

「さあ、これからは二人の時間だ。存分に俺に甘えてくれ」

「僕はいつもロヴェに甘えている気がしますけど」

「俺の子猫は相変わらず謙虚だな」

 ベッドにリトを横たえたロヴェが、真上から見下ろしてくる。
 部屋のほの明るい照明の中で、オレンジブラウンの髪が輝いていて、美しさに誘われるままにリトは腕を伸ばした。