幸せを感じる朝

 ロヴェの武骨で大きな手が、優しく肌を撫でる感触がたまらない。
 首筋や耳の後ろ、こめかみに降る口づけは求められている感じがした。

 腹部に負担がかからないよう、後ろから抱きかかえられていて、ゆっくりゆっくりと中を擦っていくロヴェの昂ぶりに、リトはゾクゾクとする。
 熱い呼気を吐き出しながら、うっとりと快感に目を細めた。

「辛くはないか?」

「……へい、き。んっ、気持ちいい」

 孕んでいるあいだは、交わりを好まない者も多いと聞いたけれど、こうしてロヴェと繋がっていると、リトは高揚もするけれど心の奥が落ち着く。
 全身をロヴェの魔力に包まれているようで、安心感と多幸感が溢れてくる。

「愛らしいな、リト」

「ロヴェ、もう少し擦って」

「ならば体勢を変えてもいいか?」

 うなじに口づけながら問いかけてくるロヴェへ、何度も頷いて返事をすれば、彼はリトをそっと下ろし、ベッドに膝をつかせる。
 その瞬間、昂ぶりが抜けていく感覚がして、無意識にぎゅっと奥を締めつけてしまった。かすかに苦笑したロヴェに気づくと、リトの頬に熱が広がる。

「この体勢は大丈夫か?」

「うん」

 四つん這いになり、腰を上げた格好は恥ずかしいものの、昂ぶりを擦り付けられるとなにも考えられなくなる。
 再び挿入されていくのがわかり、リトはたまらず甘い声を漏らした。

「いいっ、気持ちいい」

 先ほどより抽挿が早くなって、中が擦られるたび甘く疼く。
 奥まで入れてしまわないよう、通常よりも浅い位置を擦られているが、あまりの善さに声が止まらなくなってくる。

「たまらなくいい声だな。そんなにねだらないでくれ。たがが外れそうだ」

「んっ、早くまた前みたいにいっぱい中、して欲しい」

「リト、俺の理性をあまり試してくれるな」

「ごめ、んなさい。すごく良くて」

「俺もだ。とてもいい」

 性欲を満たすためではない繋がりでも、体は満たされていく。
 なにより肌が触れ合う場所から、ロヴェの心の熱がじわりと伝わるようで、リトは幸せを噛みしめる。

 背中に口づけを落とすロヴェが何度も「愛している」と囁くので、ドキドキと高鳴る胸が甘やかさにまみれた。

 体勢が辛くなると今度はお互いに体を横たえ、後ろから抱きしめられながら繋がり合う。
 背中がぴったりとロヴェの胸にくっついていて、丁度目の前にあるからか、ずっと彼はリトのうなじや耳裏を舐めている。

 そのうちゴロゴロと、喉でも鳴らし始めるのではと思えた。
 何気ない仕草が可愛らしく、くすぐったくてムズムズとして仕方がないのに、リトはされるがままでいる。

「リト、達してもいいか?」

 首筋にぐりぐりとすり寄ってくる、ロヴェは限界が近いようだ。
 いまのリトは達さなくとも満足なのだが、さすがに彼はそういかない。腰に回された腕を撫でて頷いてみせると、少しだけ抽挿が早くなる。

 興奮した息づかいが背後から聞こえてきて、リトにまで気持ちが移った。
 うなじを甘噛みされる感触と、共に込み上がってくる快感に震える。

「……くっ」

 中で達する前に昂ぶりを抜き、ロヴェは軽く自身で扱いて欲を吐き出した。
 衣擦れの音も聞こえなくなった空間には、二人の乱れた呼吸音だけが響いている。

「体は大丈夫か、リト」

「平気です。でも、眠気が」

「可愛いな。レヴィアンのようだ」

 ウトウトして目を瞬かせたリトを、愛おしげな眼差しで見つめるロヴェは、乱れた髪を梳いて撫で、額に口づけをくれた。
 優しいぬくもりにますますまぶたが重くなり、かすかな「おやすみ」を聞き届けてリトは眠りに落ちていく。

 

 馴染みある優しい風が吹き抜け、爽やかな草葉の匂いが漂っているのに気づき、リトは夢を見ているのだとすぐさまわかった。
 草原では以前と変わらずレヴィーが、ぴょこぴょこ跳ね回るみたいに駆けている。

 その後ろを追いかける小さな影が見えて、もしかしたらいま自分はレヴィーの夢の中にいるのでは、と思えた。
 仲良く駆け回る姿を見ていると、突拍子もない考えがやけにしっくりとくる。

『レヴィー』

『母さま!』

 呼びかけてみれば、広い空間にリトの声が響き、立ち止まったレヴィーが振り返った。
 彼が手を引いているらしい小柄な影は、レヴィーを最初に見た時のようにぼやけていて、姿がはっきりと見えない。

 駆け寄ってきた息子の頭を撫でてあげたら、足元にくっついて隠れている子の、頭の辺りでピクピクと耳らしきものが揺れた。

『この子も猫系、かな?』

『そうだよ!』

『恥ずかしがり屋さんみたいだね。会えるのを楽しみにしているよ』

 視線を向けて声をかけてあげれば、嬉しそうに尻尾が揺れたような気がした。
 それにしても不思議な空間だと、空を見上げたところで、草を波立たせるほどの強い風が吹き抜けていく。

 気づけば目の前がぼんやりと霞んでいき、レヴィーともう一人の子がリトへ向けて手を振った。

「え? 待って!」

「リト、また夢を見たのか?」

 パチッと目を開いたら、くすんだペパーミント色の髪を撫でながら、横たわる番の姿がある。
 三度目の寝言に、さすがのロヴェも状況に気づいたようだ。わずかに苦笑しつつ、リトを見つめていた。

「そうみたいです。と言うか、僕はレヴィーの夢に紛れている気がしました」

「なるほど。それはあり得るな。以前もリトはあの子に招かれたのだろう」

「我が子ながらつくづく不思議な子ですよね」

「少しばかり変わった魂の輝きをしているからな。色々と推測はできるが、レヴィアンが俺たちの子だということに変わりはない」

 魔力も能力も、すべてにおいて他の追随を許さないロヴェが特別、と感じているのならば、確かに様々な深読みはできる。
 それでもリトも彼もレヴィーを特別視しないと決めていた。

 将来、王位に就くのは確実であるため、努力も苦労も人より多くするだろう。けれど私人としてのレヴィーも、尊重したいと思っている。
 いまのところ、父であるロヴェの背中を見て学んでいるので、よほどの出来事が起きない限り道を外れないだろう。

「まずはリト、おはよう」

「おはようございます」

 朝から美しいロヴェの微笑みに心が洗われる。
 挨拶を交わしてから唇を寄せ合い、二人はお互いを腕に閉じ込めた。

 しばらくそうして互いのぬくもりを感じ合っていたけれど、軽いノックの音が何度か響き、ロヴェが身を起こした。

「うちの王子さまは相変わらず朝から元気だ」

 上掛けを羽織りながら扉まで行き、ロヴェはなおも叩く幼い獅子を招き入れる。
 開いた途端、脚に抱きついてくるレヴィーに苦笑いをするものの、優しく抱き上げて朝の挨拶と頬への口づけを交わす。

「母さま、おはよう! 今日ね、夢に母さまが出てきたの」

「そうなんだ。だから急いで話に来てくれたんだね」

「うん!」

 ベッドに腰掛けたロヴェの腕で、興奮気味に話すレヴィーは、本当に夢だと思っているらしい。
 ちらりとロヴェに視線を向ければ黙って頷き返され、リトは夢というレヴィーに話を合わせる。

 幼いうちは気づかなくとも、成長していけば自身の能力を理解し始めるはずだ。
 その際に淀むことなく両親に話せるよう、いまはしっかりと耳を傾けるべきだと思った。

「あっ、母さま!」

「どうかした?」

 一生懸命話していたのに、突然なにかを思い立ったのか、ぴたっと話を止める。忙しい我が子の様子に、リトは小さく首を傾げてみせた。

「僕、まだ母さまに挨拶してない」

「……ああ、そっか。レヴィー、おはよう」

「おはよう、母さま」

 届きやすくするために身を寄せてあげれば、ロヴェの腕の中で背伸びしたレヴィーが頬へ口づけてくれる。
 可愛らしい笑顔に心が和み、リトの顔に自然と笑みが浮かんだ。

「なんて幸せな朝だろう」

「本当だな」

 この幸福を得るまでに、様々な出来事があった。
 けれどいまこうして、ロヴェが至極幸せそうな笑みを浮かべているのが、リトにとっての一番の幸せだった。
 出会った頃の寂しげな瞳はもう見る影もなく、穏やかに笑い、彼は毎日を伸びやかに過ごしている。

 国の政治は容易くないと少なからず理解していても、過去と現在を比べたなら、ロヴェの心が豊かになっているのはひと目でわかるほどだ。

「さあ、レヴィアン。母さまが支度を済ますまで、いい子にしているんだ」

「はーい」

 ロヴェの腕からぴょんと飛び降りて、レヴィーはまたいつものように、尻尾を揺らしながら駆けていく。
 隣室に姿を消せば、すぐにダイトに話しかけている声が聞こえてきた。

 賑やかな朝に二人で顔を見合わせて笑い、リトはロヴェの手を支えに起き上がる。
 もうしばらくしたら、ますます騒がしい毎日になるのだと思えば、嬉しさに顔がほころんでしまった。


end