思いがけない再会
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 忘れようもない、整った美しい顔立ち。すぐ傍にある真澄の顔に、幸司の声が上擦る。

「ま、ます、み、真澄さんっ」

「やぁっと顔上げたぁ。もう、ずっと視線を送ってるのに気づいてくれないんだから」

「ご、ご、ご、めんなさい。全然声とかわからなくて、顔とか頭に入らなくて」

「いいよ。おかげで二人っきりだね」

「な、なんでいるの?」

「こうちゃんの学校の男の子と合コンだって言うから、ついてきちゃった。こうちゃんのこと知ってるかなって思って。連絡なかなか来ないから気になってたんだよ」

「そう、なんだ」

「改めまして立花真澄、二十五歳ですっ、なんちゃって。真澄は数合わせだよ。ほかに来る予定の子がいたんだけど、彼氏のほうを優先したみたい」

 シャンパングラスを傾ける真澄は、あの日と変わらずあっけらかんとしている。
 彼氏がいるのに合コンに出ようとする女の子、というパワーワードにいささか頭が痛くなったが、隣にある笑顔に幸司はほっと息をついた。

 そして俯きっぱなしで痛くなった首を押さえながら、テーブルに並べられたままだった料理にようやく手を伸ばす。
 冷め切っていて申し訳なさが湧いたので、皿は綺麗さっぱり空にした。

「こうちゃんも数合わせかなにか?」

「いや、友達が気を使ってくれたんだと、思うんだけど」

「そっかぁ、真澄はお邪魔しちゃったね」

 グラスを弄びながら、淡いピンク色の口を尖らせる横顔。今日は髪をアップにしていて、綺麗な首筋がよく見えた。
 ふんわりとしたシフォンのシャツが可憐な印象で、長いまつげが揺らめくたびにドキドキとする。

 足元はぴったりとしたスキニーデニム。綺麗なラインがはっきりとわかり、ハイヒールと相まって、スタイルの良さが際立つ。
 先日のエキゾチックさも良かったが、カジュアルな格好もよく似合う。

 どの方向から見ても、この人は綺麗だ――ぼんやりそんなことを思ったが、凝視し過ぎだと気づいて、幸司は慌てて視線をそらす。

 しかし真澄は寂しそうな表情を浮かべて、逃げた視線を追いかけてくる。その反応にほのかな期待が湧いた。
 片手を塞いでいた、ワイングラスをテーブルに戻して、幸司はそっと手を伸ばす。

 細くて長くて綺麗な指には、指輪の痕はない。それをめざとく確認して白い手を握った。

「あ、の、真澄さん」

「……こうちゃん、このあと時間ある? 二人で抜けよっか」

「う、うん」

 二回会っただけ。名前と、年齢と職業。あとは電話番号しか知らない。そんな人と二人っきりで――いままでの幸司には考えられない行動だ。
 それでもすぐさま伝票入れにお金を挟んで、こっそりと店を抜け出す。

「真澄さん、どこに行くの?」

「いいところ」

「んっ? いいところ?」

 なんだか既視感のある言葉だ。思わず幸司は首をひねってしまうが、小さく笑う真澄はそれ以上は言わなかった。
 突っ込んで聞くべきなのか悩ましいけれど、軽やかに歩く後ろ姿が綺麗で、余計な言葉は言えなくなった。

 だがどんどんと道を進むと、もっと早く行き先を問いただすべきだった、という後悔が押し寄せてくる。
 繁華街を抜けて、裏路地に入る。さらに迷わず進んでいく背中。

 少し人目をはばかるような入り口は、通り過ぎたことはあるけれど入ったことはない。
 休憩三十分いくらと書かれた看板に、休憩ってなんだと言いたくなる。

 それなのにごく自然に、吸い込まれるようにして入っていく、真澄を呼び止める声がひっくり返る。

「ま、ま、……えっと、あの、俺」

「ね、いいところでしょ?」

 にっこりと笑った顔に声が続かない。そうこうしているうちに、パネルを操作した手は鍵を握っていた。
 この場面は男としてどうするべきか、幸司の頭の中に、なけなしのシチュエーションが浮かぶ。しかしこれはレストランでの、顔合わせの時と同じ状況。

 下手に逃げ出したら、真澄に恥ずかしい思いをさせる。
 とはいえそれも言い訳に過ぎない。合コンを抜け出して、若い二人が向かう先なんて限られている。

 清く正しくか、煩悩に正直か、その二択だ。

「俺も男だ、正直になろう。期待はあった、……かな? いや、想像もしてなかった気がする。え、だって、俺みたいなのと?」

 部屋に入るなりシャワーを浴びてくると、真澄はバスルームへ姿を消した。一人取り残された幸司はその身を持て余して、恐る恐る室内を見回す。
 こういうホテルはガラス張りで中まで見える、とは限らないのかと少し残念な気持ちになった。

「って、俺……即物的」

 手を繋いだことがなかった幸司が、ラブホテルの内装を知るなんて機会は画面の向こうしかない。
 妄想力のすべては、そういった映像で養われていると言っても過言ではないだろう。

 そんな妄想が現実になる瞬間は案外呆気なかった。三十分と経たないうちに、バスローブ姿の真澄が出てくる。裾から伸びる生足、襟元から白い肌がちらつく。

「お待たせ。こうちゃんもシャワー浴びる?」

「え、あっ、は、はいっ!」

 免疫のないものを目に留めて、心拍数を上げた幸司は、茹だった顔を見られまいと、湿気の残るバスルームに飛び込んだ。

「え? けど待てよ。俺、全然経験ないけど、大丈夫なのかな。でも真澄さん、慣れてそう、……なのはちょっと残念かな」

 炎天下にいるみたいに火照る顔を冷水で冷やしながら、幸司は小さく唸る。
 やり方がわからないと言うわけではないが、初めてだとしても、失敗してしまうのは避けたかった。

 とはいえ誰しも最初は初めてだ。いざという時は、経験がありそうな真澄に手ほどきを――そう思ってレバーをお湯に切り替えたと同時か、バスルームの扉が開かれた。

「真澄さんっ?」

「わっ、ちょっと冷たい! 水を被ってたの? 駄目じゃない。そんなんじゃ身体がほぐれないでしょう」

「え? ぬ、濡れるよ!」

「こうちゃんいつまで経っても、出てこないんだもん。待ちきれなくなっちゃった。もう限界」

 遠慮もなしに踏み込んできた真澄はシャワーヘッドを手に取って、お湯を幸司に浴びせ始める。
 それに驚いてから、自分が真っ裸であることに気づいた幸司は、慌てて前屈みになった。

「前はいいよ。真澄が欲しいのはこっち」

「ひゃっ」

「ここも綺麗にしましょうねぇ」

「ま、ましゅ、み、しゃ、ん」

「かっわいい、声が裏返っちゃってる」

 伸ばされた手に撫で上げられたのは、尻の奥にある窄まり。そんなところを自ら素手で触れることは、ほぼない。
 それなのにシャワーのお湯を当てられ、小さな蕾をほぐすように、真澄の指先がそこで円を描く。

「こうちゃん、いい子だね」

 驚きのあまり幸司が思考停止していると、柔らかくなったのか指先が含まされる。それとともにどんどんと中にまでお湯が入ってきた。
 慌てて身をよじるけれど、抵抗の甲斐もなく、幸司は真澄に押さえ込まれてしまった。

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