本当の姿
しばらくして服を数着、手に戻ってきた真澄は、試着室へと消えた。その前をウロウロしながら、幸司は胸をわくわくとさせる。
いつもの可愛らしさからいくと、男装するといったイメージだが、彼の男らしい一面も知っているので、期待が湧く。
「いままで可愛い格好しかしなかったのは、俺に気を使ってたのかな?」
先ほどの話を聞く限り、その可能性は高かった。自分の好みに合わせようとしてくれていた、真澄の気持ちにひどく嬉しくなる。
ただ振り返ってみると、彼にしてもらってばかりな気もした。
なにかを返したいと思うが、どうしたら喜んでくれるのか、それがわからない。
誕生日を聞かれるのが嫌、ということは、プレゼントの類いも喜ばれないかもしれない。
「今度、野坂さんに聞いてみようかな。いや、でもここは本人に」
「こうちゃん、お待たせ」
俯いて考え込んでいると、試着室の扉が開いた。反射的に顔を持ち上げれば、紫色の瞳に見つめられる。
まっすぐとしたその眼差しは、少し前と印象が違う。
目を瞬かせて、まじまじと顔を見つめると、ノーメイクなことに気づいた。
眉のかたちが違うので、描いてはいるのだろうが、ほぼすっぴんだ。服に合わせてメイクを落としたのか。
「メインは顔じゃないぞ」
「ごめっ……ん」
呆れたように眉をひそめた真澄は、大げさにため息をつく。我に返った幸司は、慌てて彼の姿に目を向けたが、言葉を失った。
服装が奇抜だとか、そういうわけではない。お洒落なジャケットスタイルだ。
インナーは白のロングTシャツに、カーディガンを合わせている。ボトムはストレートデニム。
全体的にモノトーンでコーディネートされていて、首元でまとめた赤茶色の髪がよく映える。
服のラインが変わるだけで、こんなにも男性的になるのかと、変貌に驚いた。
いままで華奢に見えていた肩は広くて、どう見ても男の人のそれだ。
「か、格好いい! すごい!」
「惚れ直した?」
「うん!」
「それならこのあとはこの格好でデートする?」
「する!」
「可愛い。もうちょっと待ってて、靴も探してくる。こうちゃんの服も会計するから、店の人に任せて」
「ええっ」
ネルシャツにデニムだけだけれど、決して安くないはずだ。しかしあたふたとしていると、店員の男性がやって来て、服についたタグを外す。
こっそり値段を聞いたが、内緒だと笑われてしまった。
「美容師ってそんなに儲かるものなのかな?」
人のお財布事情を、詮索するのは失礼、と言うことは幸司にもわかっている。
それでもデートに行くたび、彼が支払いをすることがほとんどで、ずっと気になっていた。
「昔から彼はあんな感じだから、気にしなくていいと思うよ」
「そ、そうなんですか?」
幸司の呟きが聞こえていたのか、店員の彼が肩をすくめた。
真澄が男性だと知っていると言うことは、二十歳そこそこの頃を知っている、ということだ。
興味が湧くけれど、ここは他人に聞くことではない。
着てきた服を綺麗に畳んで、紙袋に収めてくれた彼に、幸司は黙って頭を下げた。
「こうちゃん、次はどこに行く?」
「えっと、あれ? 身長、変わらないね」
肩を叩かれて振り向くと、目線がほとんど変わらなかった。いつもはヒールを履いた真澄のほうが、少し高くなる。
しかしいま足元は革靴だ。不思議に思って首を傾げれば、こっそり耳打ちをしてきた。
「並んで俺のほうが低すぎるの悔しいから、インソール」
「真澄さん、そんなこと気にするんだ」
「するよ。俺はわりと見栄っ張りだし」
「意外だね」
いつも自信に満ちていて、小さいことなんて、気にしないのだと思っていた。知らなかった可愛い側面を見ると、親近感が湧いてくる。
口元を緩めたら、真澄は指先で幸司の鼻先をつついた。
「こうちゃんの前では格好良くいたいからさ」
「真澄さん、すごく格好いいよ。できたら、こっちも写真、撮りたい、な……って、贅沢かな?」
「いいよ、そのくらい。ちょっとはポートレートに興味が湧いた?」
「うーん、いまのところ真澄さんだからこそ、かな」
彼だから被写体にしたい。その美しさを写し撮りたい、と思える。ほかの誰かではまったくイメージが湧かない。
この先を考えるともっと視野を広く、様々な人を撮れるようになるべきなのだが、いまは真澄以外は考えられなかった。
「俺の専属カメラマンか、いいね」
「あっ、代わりに俺がなにかできること、ある?」
「そうだな。……なんでもいいの?」
「もちろん! なんでもいいよ」
「わかった。考えておくよ。いまはデートの続きしようか」
「うん」
さっと手を取られて、指を絡め握り合わせられると、心が跳ね上がる。女性の格好をしている時のほうが、密着しているのに、それよりもときめく。
男性が好きなわけではなかったのにと、幸司はひどく不思議な気持ちになった。
「そういえばアシスタントのバイト、まだ探してる?」
「一応、探してるけど。ほら、俺はどもりがひどいから、あんまり印象良くないみたいで」
秋頃に落ちた面接のあとも、求人はこまめにチェックしていた。単発のアルバイトも応募しているが、書類審査は通っても面接で必ず落とされる。
幸司のあがり症は致命的な欠点だ。
円滑なコミュニケーションが、できないと判断されているに違いない。とはいえ簡単に克服できるものでもなかった。
「そうじゃないかと思った。このあいだ仕事先で、話をもらったから、顔合わせに行ってみなよ」
「えっ?」
「いつがいい? 電話してあげるから」
ふと足を止めた真澄は、紙袋の中に入れた鞄から、名刺を一枚取り出した。
気安い調子で手渡されたが、それに視線を落とした幸司は目を見開く。さらには名刺を掴んだ手さえ震えた。
フォトグラファーと綴られた下には、見覚えのある名前。
飛ぶ鳥を落とす勢いとまで言われている、いま人気の写真家だ。
「こ、こ、これっ、本物?」
「本物だよ」
「この人っ、俺、……すごく、好きで。写真集とか全部持ってる」
「こうちゃんが好きだって聞いたから、話を持ちかけてみたんだ。今日撮った写真、資料に使えばいいよ」
「うん、ありがとう。でも俺、この話したっけ?」
「そうだ、カフェで休憩しよう。近くにこうちゃんの好きなチョコレートドリンク、置いてる店があるんだ」
「真澄さん?」
いま軽く話を流された。鈍い幸司にでもわかるくらい、あからさまだ。しかし再び幸司の手を取り、歩き出した真澄は振り向かない。
胸の奥でチクリと棘が刺さって、引っかかるような感覚を覚えた。