求め合う気持ち
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 幸司の肩口に顔を埋める真澄の肩が震えている。しばらく黙ったまま抱きしめ続けていると、泣いていると思っていた彼が、小さく笑った気配を感じた。

 急な変化に幸司は首をひねるが、覗き込むと彼はぴたりと押し黙る。そして幸司を抱きしめる腕を強くした。

「真澄さん?」

「……こうちゃんは、馬鹿だね」

「え? なに?」

 ふいに耳に届いたのは呆れた声。その意味がわからず、幸司はますます首を傾げてしまった。さらには重たいため息を吐き出されて、もう一度顔を覗き込む。

「せっかく俺から逃げられるチャンスだったのに」

「俺の言葉を信じてないの?」

 また突き放すみたいな言葉を口にする真澄に、幸司は不満を露わに眉をひそめる。するとまた彼は小さく笑う。
 さらに笑いを噛みしめるように肩を揺らした。

「これで、一生、……こうちゃんは俺から離れられなくなるよ」

「……わっ」

 突然、身体を離した真澄は、間を置かずに幸司の身体を突き飛ばす。受け身をとる余裕もなく床に転がり、幸司は目を白黒とさせる。そんな中で真澄は、黙って上に覆い被さってきた。

 また繋がれるのかと、とっさに手錠へ視線を向けるが、真澄は沈黙したまま幸司を見下ろしている。
 じっとその顔を見つめ返していると、少しずつその表情に、切なげな色が滲んでいくのがわかった。

「真澄さん、もしかして、……酷いことしてわざと突き放そうとしてるの? でもそんな顔じゃ、俺は心配で離れられないよ」

「こうちゃん、もう」

「別れないよ。俺をちゃんと捕まえててよ! いまさら手を、離さないで」

 くしゃりと歪んだ顔が泣き顔に変わった。子供みたいに幼い表情が、幸司の中にある愛おしさを大きく膨らませる。
 深く息を吐くと、幸司は自分の顔を袖で拭い、汚れた手も上着で拭った。そして真澄へまっすぐと手を伸ばす。

「好きです。俺とずっと、ずっと一緒にいてください」

 頬を撫でたら指先に雫がこぼれ落ちた。ぽろぽろとこぼれ落ちてくるそれを拭って、長い髪を優しく掬って、幸司は彼をゆっくりと引き寄せる。

 煌めく紫色の瞳は唇が触れてもまだ、閉じられない。

「真澄さんの瞳、綺麗だよね。ずっとコンタクトだと思ってたけど。本当の色なんだ」

「こうちゃん」

「もうなんにも言わないで、いつもみたいに俺を抱きしめてよ」

 両手を広げてみせると、瞳に涙をいっぱいためた真澄が、幸司を抱き寄せる。すり寄るように頬を寄せて、小さな好きを繰り返す。
 うんうんと返事をすれば、額を合わせられ、鼻先に口づけられた。

「キス、もう一回したい」

「うん」

 身体を起こして向かい合うと、膝の上に乗った真澄が嬉しそうに笑う。その表情を見るだけで、幸司の胸はキュンと甘く締めつけられた。
 二人で顔を見合わせて笑い合えば、自然と引き寄せられるようにキスをする。

「真澄さんの涙、しょっぱいね」

「甘いと思ってた?」

「ちょっとだけ」

 ついばむキスを繰り返して、そのたびにお互いに好きの言葉を呟く。まるでいままでのごめんが、全部好きに変わったようだ。
 思わず幸司が含み笑いをしたら、目を瞬かせた真澄が見つめてくる。

「俺ね、真澄さんの傍にいるのが、一番幸せ」

「こうちゃんは、ほんとに馬鹿だなぁ」

「え? 酷いよ。また別れるとか言われても聞かないからね!」

「あーあ、俺も馬鹿だなぁ。そんなこうちゃんが可愛くて、好きでたまらない」

「よ、良かった」

 優しい眼差しで、告白めいた声で囁かれると、頬に熱が灯ってむずむずとした気持ちになる。
 覗き込むように顔を寄せられ、つい幸司は視線をそらしてしまった。

「どうしたの?」

「ううん」

「なに? 言ってごらん」

「えっと、その、こんな状況で」

「状況で?」

「……ま、真澄さんっ、なんでニヤニヤしてるの? わかってて言ってる?」

 そわそわと落ち着きのない、幸司の様子を見ている真澄はやけに嬉々としている。言葉の先を見透かされているようで、幸司は恥ずかしさが増した。

「いままでこうちゃんから、言ってくることなかったな、って思ったから」

「わかってるなら言わせないで」

「駄目だよ。たまには俺を誘ってよ」

 先ほどまでの泣き顔が嘘みたいに、無邪気に、楽しそうに笑われる。早く早くと両手を叩かれて、茹だるように幸司の顔が赤く染まった。

「うっ、えっと、……し、したい! したいですっ」

「なにを?」

「ええっ」

「こうちゃんはなにをしたいのかな?」

 これ以上は熱くなりようがないのでは、と思えるくらいに顔が火照る。それなのに真澄はさらに先を急かしてきた。
 熱が徐々に身体にまで移ると、幸司は半ばやけくそになる。ぎゅっと真澄の胸元を握ると、ぶつかるようなキスをした。

「え、えっちがしたいですっ!」

「ふはっ、色気ないっ」

「真澄さんの馬鹿! ひどいよ!」

「ごめんごめん。嘘だよ。可愛いよ。いまのだけでかなりくるものがあった」

 精一杯の言葉を笑い飛ばされて、恥ずかしさのあまり幸司の目に涙が浮かぶ。なだめるみたいに頭を撫でられて、顔中にキスをされても、ふて腐れたように口を尖らせた。

「こうちゃん、嘘じゃないって、ほら」

「えっ、……あっ」

「ね?」

 いつまでも拗ねていると、真澄に手を引かれて、硬くなった場所を押しつけられた。スラックスの下の膨らみ。確かに形を感じるそれに、また幸司の目が泳ぐ。

「しようか」

「……っ」

「こうちゃん?」

 掴まれた手をさらに押しつけられて、手の内でどんどんと大きくなっていくのがわかる。あまりにもわかりやすい反応に、触れている幸司のほうが照れくさくなった。
 だがそんなことはお構いなしに、真澄は昂ぶったものをさらに押しつけてくる。

「ま、真澄さんの、やっぱり、……大きい、よね」

「そう? いつもこれがこうちゃんの中に入ってるんだよ」

「……も、もっと触っていい?」

「してくれるの?」

「ぅん、したい」

「ここじゃなんだから、ベッド、行く?」

 俯く幸司の耳元に囁きかけてくる、真澄の声に艶が増した。胸の鼓動を速めながら頷くと、彼は耳の縁に齧り付いてくる。
 肩を震わせる幸司は、先ほどよりもスラックスを押し上げるものに、目が釘付けになった。

「こうちゃんの目、やらしい」

「えっ、ご、ごめんっ」

「なんで謝るの? 求められてる感じがしていい」

 手の感触に気をとられていると、ふいに口を塞がれた。可愛いバードキスではなく、もっと深くて濃厚な口づけ。
 舌を絡め取られて、幸司はすがるように真澄の腕を掴んだ。

 いつも彼とキスをすると蕩かされる気分になる。舌の先から溶けて、一つに混ざり合ってしまいそうな感覚。
 けれど真澄の一部になれるのなら本望だ。ドロドロになるくらいに混じり合ってしまいたい、そんなことを考えて、幸司は口元に笑みを浮かべた。

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