紺野さんと僕08
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 雪がちらつく寒い冬の頃。紺野さんと僕は出会った。その時のことは、今でもはっきり覚えている。

「飯が食いたきゃついてこい」

 それが紺野さんの第一声。
 本当に野良猫でも拾うかのような勢いで、道に座り込んでいた見ず知らず人間である僕を、あのアパートへ連れて行ってくれた。
 いつも目に見える優しさなど、与えてはくれないが、それでもあの人は誰よりも優しい。

「ずっと一緒にいるよ。だって僕には紺野さんが必要だから」

 あの人とこの先も一緒にいられるなら、僕は本当になにもいらない。どこかに置いて来た過去さえ欲しい思わない。
 彼の傍にいればいるほど、そう思えてくる。

「じゃぁ、またね」

 紺野さんを追うべく超特急で着替えると、僕は髪を乾かすのもそこそこに、銭湯を後にした。

「って、もういないし……意地悪だな」

 慌ただしく外へ飛び出すが、通りに紺野さんの姿は見当たらない。ぐるりと首を巡らしても見るけれどそれは変わらず、仕方なしに僕は鈴凪荘へ足を向けた。
 とりあえずあそこに帰れば彼も帰ってくる。

「おいこら、荷物持て」

「へ?」

 とぼとぼと歩きだした僕の背を、ほんの少し不機嫌そうな声が呼び止める。その声に肩を跳ね上げ振り向くと、ビニール袋を下げた紺野さんが、顔をしかめて立っていた。

「こ、紺野さん?」

 その姿を目に留めると同時か、僕は弾かれるように彼の元へ走り寄った。

「買い物行ってたの?」

 慌ただしく、彼の手にぶら下がっていた袋を二つ受け取り、その中身を覗けば、一つはなにやらたくさん食材が入ったもの。
 もう一つは弁当が、二つ入ったものだった。

「あ、生姜焼き弁当だ」

 温かい弁当からは好物の香りが漂い、それにつられた腹がぐぅと、音を鳴らした。

「ありがとう。帰ったら紺野さんの好きなお茶、煎れるからね」

「……」

 立ち止まっていた僕を置き去りに、またさっさと歩き始めていた紺野さんの背を追いかけ、僕は彼の横に並び歩いた。
 僕は紺野さんの遠回りなくらい不器用な、この優しさが好きだった。じんわりと、胸があったかくなる感じが安心する。

「紺野さんずっと傍にいていい?」

 ぴったりとくっつく僕に、うざったそうな表情を浮かべ、眉間に皺を寄せるが、ぽつりと紺野さんが呟いた言葉に僕の頬は緩む。

「うん、好きにする」

 僕はその一言と、彼に貰った名前があるだけで、この先も幸せだと思うんだ。

紺野さんと僕/end

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