新しい黒猫いりませんか?04
12/24

 商店街のお店の、ほとんどがシャッターを上げる頃には、人の賑やかな声が広がり始める。
 この辺りは小学校や中学校も近く、ここ数年のあいだに引っ越してきた、若いお母さんやお父さんなんかもよくやってくる。

 それに加えて、昔ながらの商店街の良さに惹かれた人たちも集まった。
 お肉屋さんのコロッケに舌鼓を打ったり、削り出しのかき氷を食べたり、飴細工屋さんで瞳を輝かせたりと、みんなすごく楽しそうだ。

 吉吾青果店では、お漬物の試食販売をやっている。寧々子さんが漬けたお漬物は優しい味がしてとてもおいしい。
 今朝食べた大根のお漬物も、ここのものだ。この商店街は端から端まで、ゆっくり歩くだけで楽しくなる。

 おいしいコーヒーと、ソフトクリーム盛り盛りの、ロングパフェが看板商品の喫茶店。
 電池式からネジ巻き、珍しいアンティークのものまで揃っている時計屋さん。

 店の前を通ると、ふんわりとほうじ茶の匂いが香る、お茶屋さんなんかもある。
 便利なドラッグストアやおしゃれな美容院、コンビニなどは最近になって増えたようだ。

「いらっしゃいませ!」

「ミハネくんはいつも元気でいいわね。おばちゃんも元気になるわ」

「今日はなにかお探しですか?」

「ゴーヤってあるかしら? うちの人がテレビを見て食べてみたいって言うんだけど」

「ありますよ。一緒にレシピも入れておきますね。炒め物もいいですけど和え物なんかもおいしいですよ」

 食べてみたいけど調理方法がわからない、と言うお客さんも少なくない。
 だったらと寧々子さんと、娘の有希さんが手作りレシピを作ったのだが、これがなかなか好評だ。
 悩んでいた人たちもそれを見てやってみる、と前向きになって売り上げにも繋がった。

「そうだ、このあいだ発売になった先生のご本、とっても面白かったわ」

「そうなんですね! 紺野さんに伝えておきます」

「先生はいつもお忙しそうだけど、作家先生ってどんなお仕事なの?」

「んー、雑誌の連載を書いたり、本になる原稿を書いたり、あとは……」

「コラムやエッセイですね」

 興味津々な眼差しを向けられて、唸っていた僕だったけれど、すかさずフォローする声が聞こえてきた。
 その声に振り返ると、そこにはすらりと背の高い、眼鏡がよく似合う男の人が立っている。

 僕の視線ににっこりと微笑んだその人は、紺野さんの友人であり担当編集者でもある園田さん。
 穏やかな眼差しと、紳士的な雰囲気はいかにも大人、と言う印象を受ける。以前歳を聞いたら今年で三十だと言っていた。

 半袖のYシャツにスラックス、というごくありふれた格好なのに、なんだかちょっと格好良く見えるのは、やはり顔の良さだろうか。

 僕に話しかけていたお客さんは、頬を染めている。けれど園田さんが優しげな視線を向けると、おほほほとおかしな笑い声を上げて、照れながら店の奥へ行ってしまった。

「園田さんどうしたの? まだお昼なのに。締め切り、夕方だったよね?」

「ええ、そうなんですが、生存確認メールに返事がなくて」

「えっ!」

 生存確認メールとは、集中し過ぎて飲み物を飲むことや、トイレに立つのも忘れるあの人のために、園田さんから一時間置きに送信されるものだ。
 それに対し紺野さんは、絵文字一個だけでも必ず返すのが、お篭もり中のお約束になっている。

 美代子さんの次に、言うことを聞くのが園田さんなので、これまでブツブツ文句を言いながらも、返信はちゃんと来ていたと言う。
 それなのに今日は十二時少し前に、昼ご飯を持っていったおばあちゃんからのOKメール来た以降、途切れているそうだ。

 いまは十四時半を過ぎたところだから、少なくとも二回のメールをスルーしていることになる。
 たかが二回、されど二回。締め切り当日の音信不通は、出版社としても焦るところだろう。

「まあ、もしかしたら原稿が進まなくて、それどころではないのかも、しれないんですが」

「紺野さんっていつも徹夜が多いけど、筆が遅いタイプなの?」

「いえ、決して遅くはないです。ただスイッチが入るまでが長い。ひらめきのように言葉が下りてくる、と言ったようなタイプだからですかね」

「ふぅん、なるほど。でも今回は難航してるんだ」

「ちょっと難題だったのかもしれないですね、恋愛ものは」

「え? 恋愛もの?」

 小さく唸った園田さんは、顎に手を置き難しい顔をする。しかし僕は恋愛――と言う単語に、耳ざとく反応してしまった。ここはあの人の恋愛経験談を、窺うチャンスなのではないだろうか。

 しかし急に目を輝かせた僕に気づいたのか、ふっと園田さんは口元に笑みを浮かべる。
 そしてくいっと眼鏡のブリッジを押し上げて、その奥にある瞳をやんわりと細めた。

 あれ、これはもしかして僕の気持ち、ダダ漏れってやつかな?

「ミハネくんは色々気になるんですね、文昭のことが」

「んん゛っ、……はい」

 緊張して変な声が出てしまった。そして素直に返事をしてしまった。しかし僕を見下ろす園田さんは、軽蔑するでも呆れるでもなく、いつもと変わらない。
 けれどどこか企みもありそうな顔で笑っている。この反応は攻めていいのか引くべきか。

「なにが知りたいですか?」

「紺野さんの恋愛遍歴と好みを!」

 躊躇う僕を見透かすように、尋ねられた言葉だが、ズバリと包み隠さず直球で切り込んでしまう。
 しかも力み過ぎなくらいに、握りしめた両拳付きで。もはや気持ちを隠すなど二の次だ、そんな僕の反応に園田さんは楽しげに笑った。

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