新しい黒猫いりませんか?05
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 実に楽しそうに笑う、園田さんはしばらくこらえ切れない、と言うように笑い続けた。
 しかし馬鹿にされたとは感じていない。あまりにも僕が明け透け過ぎて、それがおかしかったのだろう。

 ひとしきり笑うとごめんね、と謝ってから返事を待つ僕の頭を、優しく撫でてくれる。そしてなぜか、眩しいものを見るみたいに目を細めて、ひどく柔らかく微笑んだ。

「うん、文昭の恋愛は……わりと普通ですね。顔の良さに寄ってくる女の子たちを、断り切れずに付き合って、あまりのコミュニケーション能力のなさに別れる、みたいな。いつもそれの繰り返し。好みはまあ、可愛い子が好きみたいですけど」

「そ、それって普通って言わないと思う。イケメンありきなお話でしょ? あ、園田さんも顔がいいから、変な耐性ついてるんだよ。これはフツメンにはあり得ない展開だからね」

 えー、そうなのかな、なんて首を傾げる園田さんは、どう見たって勝ち組だ。でもやっぱりあの人は昔からモテるんだな。
 まあ、そうだよね、身綺麗にしてたら男前だし、付き合ってみたーいなんて女の子はいっぱいいるよね。

 けれどやっぱり女の子なのか、と言う残念な気持ちがある。
 いくらアピールしたって平凡ここに極まれり! みたいな男の僕じゃ、可愛くてふわふわで柔らかな女の子には、勝ち目がない。

「文昭は、ミハネくんが好きだと思いますよ」

「え?」

「君と一緒にいる文昭はなんだか楽しそうだ」

「も、物珍しいだけじゃ」

「そうかな? そうじゃなきゃ、ミハネくんをあのアパートに連れ帰ったりしなかったよ」

 うろたえた僕が視線をさ迷わせると、園田さんはぽんぽんとなだめすかすみたいに優しく頭に触れる。
 あの日、道の端にうずくまっていた僕。
 ちらちらと雪が降っていて、すごく手がかじかんで、履いていたスニーカーの中の指さえ冷え切っていた。

 駅の方角から歩いてきたあの人は、そんな僕の前を一歩二歩と進み、ふいに足を止めて振り返った。そしてなにげない調子で「飯が食いたきゃついて来い」と呟き、また歩き出した。

 その声を聞いた僕は、なぜだかわからないけれど、誘われるままに彼の背中を追いかけていたんだ。

「ミハネくんはいまのまま、まっすぐにあの男にぶつかっていけばいいですよ」

「園田さん?」

 どこか確信に満ちたような眼差し。その視線を見上げて、僕は思わず首を傾げてしまう。けれどピリリっと急に着信音が鳴り響き、園田さんは後ろを向いてそれに応答する。
 僕はと言えば、なんだか胸の奥に不思議なぬくもりを感じて、確かめるようにぎゅっと胸元を握りしめた。

「ごめん、話の途中で。ちょっと編集長にどやされたから、文昭の様子を見て来ますね」

「あ、うん」

 もう一度僕の頭を撫でて、園田さんは急ぎ足で鈴凪荘へと向かって行った。遠くなっていく後ろ姿を見ながら、僕はいつまでもぼんやりとその先を見つめる。
 あの日、紺野さんはどんな気持ちで僕に声をかけたのだろう、そんなことを考えて立ち尽くしてしまった。

「ミハネくーん」

「あっ、はい!」

 少し周りの音が遠ざかっていたけれど、名前を呼ばれて我に返った。声の先へ視線を向けると、有希さんがこちらを見ている。
 なんだろうと思ったが、先ほど時間を見た時に十四時半を過ぎていた。慌てて時計を確認すると、もう昭太郎くんの下校時間になるところだ。

「ご、ごめんなさい! お迎え行ってきます!」

「急がなくていいよー! 道に気をつけてね」

「行ってきまーす!」

 飛び上がるように駆け出した僕に、道行く人たちが振り返る。しかし立ち止まっている場合でもないので、そのまま小学校を目指す。
 けれどこういう急いでいる時に限って、声をかけられて、たびたび足を止めてしまうのはなぜだろう。

 運悪く踏切もなかなか開かず、無意味にその場で足をジタバタしてしまう。校門にたどり着いたのは十五時十五分。
 いつもならもうその場所で、昭太郎くんは待っている。それなのに辺りを見回しても、その姿がなかった。

「あの! すみません!」

 校舎のほうから歩いてくる、年若い先生に思わず大きな声をかけてしまい、肩を跳ね上げて驚かれる。けれど僕の剣幕に、ただならぬものを感じたのか、足早に歩み寄ってくれた。

「あの、昭太郎くん。長門昭太郎くん、まだ校内にいますか?」

「え? あ、あれ? 昭太郎くん、いませんでした? お迎えが来るからここで待ってるって、さっき、あ……すみません! 少しだけと思って離れてしまって」

 キョロキョロと辺りを見回す先生は、どんどんと顔が青くなる。その表情に、こちらまで落ち着かない気持ちになってしまうが、思い出したように僕は携帯電話を掴む。
 彼にはキッズケータイを持たせていた。

 それを思い出して急いで電話をかけてみる。けれどコール音は聞こえるが、いくら待ってもそれに応答がない。
 気をそらしていたとしても、着信音が大きいので、普段であれば気づくはずだ。

 どうしようかとまた考えを巡らせて、今度はお母さんの有希さんに電話をかける。
 すぐに出てくれた彼女に状況を話して、GPSで位置を確認してもらう。するとここからさほど離れてない位置で、確認ができると言われた。

 けれど家に帰る方向とはまったく違う。しかしいまは訝しんでいる時間はない。とりあえずそこへ向かうことを告げて、一度通話を切った。

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