短編

04.初めてみたいな気持ち

 結局店ではそこそこ高い酒を入れることになった。ほぼビールやチューハイくらいしか飲まない俺には無用の産物だ。おそらくそれは全部、辰巳が一人で飲むことになるだろう。でもまあ、毎回ビールをおごらされているし、それを一括払いしたと思えばそれほど痛…

03.知らなかった素顔

 なにかを考えるように視線を動かした雪近は、しばらく黙り込んでいたが瞬きをしてゆっくりと口を開いた。そしてどこか淡々とした声を発する。「そうですよね。こういう界隈って、すぐに噂が広がりますよね。でも男がいるのに手を出したんじゃなくて、向こう…

02.予想外の展開

 振り返った先にいたのは大柄な赤毛の男。肩をいやらしく撫でるように置かれた手は、触れられた瞬間ものすごく嫌な感じがした。肩に置かれたその手を見る前に、条件反射で俺は眉間に深いしわを刻んでしまう。「あっれぇ、高校生みたいな可愛い子がいるかと思…

01.浮かれたデート

 八月某日、天気は晴れ。気温はまあまあ高いが、うだる暑さでもない。いままで夏は大して好きではなかったが、最近大事なイベントができたのでぐぐんとランキング上位に上りつめた。それを考えるだけで気分がウキウキと弾むぐらい、その効果は歴然だ。 気が…

Chocolate/01

 キッチンいっぱいに広がる甘ったるい匂い。シルバー製のボウルの中、ゴムベラで掻き回される見るからに濃厚で甘そうなそれは、慣れない不器用な手に絡みつく茶色い甘い雫。 それに悪戦苦闘しながら神谷雪羽はそろそろ深夜と呼べる時間、午前一時半を迎えて…

桜の時

 敷地にボートを浮かべられるほどの、大きな池がある広い公園――そこでは圧倒されるほどの桜が咲き乱れ、水面には淡いピンク色の優しい風景が映り込んでいる。 今夜は気温が高く絶好の花見日和だと、朝に流れるニュース番組が天気の予報を告げていた。 そ…

独占欲

 僕にはそれはそれはもう可愛くて仕方がない恋人がいる。小さくてキラキラでちょっと素直ではない二個上の彼氏。普段は無口で、視力が弱いので眉間にしわが出来て目つきが悪い。それゆえに周りからは怖がられることが多い。しかしいざベッドの中となると、胸…

一歩前ヘススム08

 その夜は淳が満足するまで身体を繋げて、ベッドに転がった頃に腹を空かせて起きた。 体力勝負、みたいなところは男同士ならではな気がする。 腹を満たしてもう一度風呂に入って、深夜と呼ばれる時間にまたベッドに潜り込んだ。 さすがに疲れたのか、二人…

一歩前ヘススム07

 あのあとの淳はすっかりのぼせて、意識を飛ばしてしまった。それにはさすがに雅之も驚いたが、あまりにも満足そうな顔をしているので、可愛いという感情しか湧かなかった。 ただほぼ身長や体格の変わらない成人男性を運ぶのは、骨が折れる。意識がない時の…

一歩前ヘススム06

 思いがけず玄関先でたっぷりと彼を堪能してしまい、そのあと慌てて食料と飲み物を冷蔵庫へしまった。これを出すのは、きっと夜が更けてからになりそうだと思いながら。「お湯が溜まるまでに身体を洗っちゃおう」「あ、はい。……んっ」 雅之が浴室を覗くと…

一歩前ヘススム05

 夕刻を過ぎ、夜の時間帯になってしまったが、二人の時間はこれから始まる。明日のお昼まで希を預かってもらえるので、それまではフリータイムだ。 せっかくだから美味しい店でディナーを――そう雅之は考えていたけれど、今日は家でゆっくり過ごしたい、と…

一歩前ヘススム04

 今日は朝から晴れ間が広がり、お出かけ日和。動物園は家族連れで賑わっていて、お目当てのサンドイッチは、あとわずかだった。 新発売の動物のイラストが入った、ペットボトルも購入して、先に園内を歩いている希と淳を追いかける。 どこへ行ってもゆっく…