思いがけずこぼれた言葉は取り消せない

 自己嫌悪で悶々としているあいだに目的地に着いてしまった。そこは最近できたという商業施設で、色んな店が入っていて休日と言うこともありなかなかの混雑ぶり。けれど鶴橋は迷うことなく人混みをすり抜けて行く。
 それを少し後ろから追いかけていると、時折確かめるようにこちらへ振り返ってくる。そして視線が合うたびにやんわりと微笑まれた。しかしそれは正直反応に困るので居心地が悪い。

「俺ここ来るの初めて。鶴橋さん、ここいつできたの?」

「二か月前ですね」

 隣にいた光喜が興味深げに辺りを見回している。そんな光喜の問いかけにも、鶴橋は律儀に答えを返す。好きな相手の彼氏である男にも真面目な態度で接するところを見ると、思うよりもまともな人なのかなとは思うが。
 なにせ行動や言動が怪しいのだ。迂闊に信用できないところがある。

「へぇ、ほんとに最近だ」

「光喜は新しい物好きなのに珍しいな」

「最近は付き合ってる子いなかったんだよね。勝利が久しぶり」

「ふ、ふぅん」

 素知らぬ顔で笑う光喜にちょっと笑みがひきつった。徹底した態度を崩さないこの男の神経は絶対に人の何倍も太い気がする。他人を振り回してる感じが多分楽しいのだろう。現に鶴橋はものすごくわかりやすく顔をしかめた。

「鶴橋さん」

「え? あ、はい。なんですか?」

「あー、いや、あのさ」

 ちょっと声かけただけなのに、そんなにまじまじと見るな。目がキラキラしていて、いまの状態を申し訳なく思ってしまうではないか。本当だったら光喜がいるのは本意ではないんだろうな。
 もし俺だったら絶対嫌だ。それでも俺のことを尊重したわけだ。この人どれくらい俺のことを考えているんだろう。

「俺、あんたのことなにも知らないんだけど」

 気づいたら、ぽろっと言葉がこぼれてしまった。目の前の顔が驚きの表情に変わる。

「ちょっと勝利! なに言ってんの!」

 思いがけず見つめ合う形になってしまった俺たちの横で、あんぐり口を開けていた光喜が慌てたように声を上げた。いや、俺もいまなに言ってんだって気持ちだけど、口に出してしまったものは取り消せない。

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