あの日の笑顔04
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 チャペルは祭壇の天井がドーム型のようになっていて、壁面のステンドグラスも煌びやかで美しい。参列者の椅子が並ぶ場所はシャンデリアが下がっていて、ナイトウェディングのような演出もできるようだ。

 粛々とした雰囲気の中、牧師が開式を告げたあとに新郎が赤い絨毯の上をゆっくりと歩いてくる。片平のお相手を見るのは僕も初めてだったが、すっと一本線を縦に引いたような姿勢の良さと、目鼻立ちのはっきりとした日本人離れした顔立ちが目を惹く。
 ネイビーブルーのフロックコートは体格もよく背の高い彼にとてもよく似合っている。雑誌社の編集長という肩書きだけではもったいないくらいの男性だ。精悍な顔つきで男の僕から見ても色気を感じる男前。

 なんだかやっぱり僕の周りはだいぶ顔のいい人が多い気がする。少しばかりもやっとしながらも、静かに花嫁の入場を待つ。
 次に扉がゆっくりと開かれると真っ白なウェディングドレスを身にまとった片平の横顔が見えた。目の前に立つ彼女の母親がゆっくりとヴェールを下ろし、三島の父が新郎の元までエスコートをする。

 静々と歩くその姿、ドレスの裾とヴェールが広がる綺麗な後ろ姿、それだけでなんだか気持ちが高まってきてしまう。生徒の結婚式に参列するのも初めてだが、身近な人の結婚式もだいぶ久しぶりだった。
 二人で誓いの言葉を宣誓する時には照明がサムシングブルーのような青色に変わり、光の演出でキラキラと光の粉が降り注いでいるように見えた。

 リングの交換の時にはリングピローを三島家の末の弟、貴穂が運んでくる。幼かった彼もいまは小学生。兄たちには似ていないのかそれほど背は高くないが、まるでおとぎ話の王子様のような気品を感じる。
 指輪の交換をしたあとは誓いのキス。恭しくヴェールを上げると、小柄な花嫁に合わせて新郎は少し身を屈めて額にそっとキスを落とす。少し恥ずかしそうにはにかんだ片平の横顔が印象的だった。

「すごく、綺麗だったな」

 挙式が終わっても気持ちが浮き上がったままでそわそわとした。人の幸せそうな顔を見るとなんだか自分まで気分が良くなる。ドキドキとする胸に手を当てて長く息をついてしまった。

「いいな、結婚式って」

「そうか? 堅苦しくないか?」

「峰岸は情緒ってものがないな。披露宴も退屈だとか言い出しそう」

「いまからもだいぶダルいけど」

 遠慮もなく身体を伸ばす峰岸の背中を叩いたが、本人は悪びれるどころかあくびをする。後ろで渉さんのからかう笑い声が聞こえるけれどまったくもって意に介さない。でもこういうやつに限って自分のことになったら真剣になりそうなんだよな。

「佐樹さん、俺はそろそろ店に行きますね」

「あ、うん。外まで送るよ」

 隣に並んだ優哉に視線を向けられて思わず袖を掴んでしまった。ぱっと慌てて離すけれど小さく笑われた。じわじわと頬が熱くなるが誤魔化すように行こう、と足を速めてしまう。
 峰岸と渉さんには先にウェルカムパーティーの会場へと向かうと手を振られた。これはたぶん気を使われている。おそらくこのあとは家に帰るまでゆっくりと二人で話す時間がない。

「準備は大変か?」

「そうですね、初めての試みですし気を使う部分はあります」

「そっか」

「でも日笠さんもエリオもいますから大丈夫ですよ」

「そっか」

「佐樹さん?」

 離れるのを惜しむように歩みが遅くなる僕を優哉は少し身を屈めてのぞき込んできた。間近に迫った顔にまた頬が熱を帯びてくる。こういう場でなかったら手を握ったりしたい。幸せな場は自分もそうありたいと思ってしまう。
 もどかしい気持ちになって視線を落としたら、そっと背中を優しく叩かれた。現金だけれど、その感触だけでちょっとだけ気持ちが落ち着く。そっと隣の優哉を見上げると柔らかく微笑んでくれる。

「ごめん、ちょっといま我がままだった」

「いえ、そんなことないですよ。こんな場所でなかったら、あなたを抱きしめているところです」

「……うん、僕もだ」

 瞳をのぞき込まれて胸がひどく騒ぐけれど、それと共にほっとした気持ちにもなる。思うことが一緒であること、些細なそれだけのことがとても嬉しい。心が繋がっているようで自然と頬が緩んだ。
 しかしロビーを抜けて外へ出たらそのまま離れるのが惜しくなって、じっと優哉を見つめてしまう。そんな僕の言いたいことがわかっているのだろう彼は、ほんの少し困ったような笑みを浮かべた。それでも腕時計に視線を落としてからそっと髪を撫でてくれた。

「佐樹さん、ここまででいいよ」

「でも披露宴まで三十分くらいあるし、駅まで五分くらいだろ」

「……じゃあ、コート。そのままじゃ寒いですよ」

「あ、うん。待ってて」

 本当ならこんな我がままを言っている場合ではない、わかっているけれど寂しいって思ってしまうのは止められない。今生の別れでもあるまいし、と自分の感情に呆れも湧いてくる。それでも受け止めてくれる優哉に甘えずにはいられなかった。
 駅まで送ってくることを峰岸と渉さんにメッセージで伝えると、慌ただしくコートを着てから待っていてくれる恋人の元へ急いだ。

「ごめんな、帰るって言ってるのに引き止めて」

「いいですよ。正直言うと俺もちょっと寂しいんです。人の幸せを見てると自分も、って思ってしまうでしょ。今日は佐樹さんにあんまり触れられてないし、出掛ける前にもっと抱きしめておくんだった」

「うん、今日が終わったらいっぱい抱きしめてくれ」

「はい、必ず」

 自分で言って恥ずかしいけれど、優哉が嬉しそうに笑ってくれるから胸が温かくなる。これまで一度も僕の我がままに呆れたり怒ったりすることもなかった。ちょっと優しすぎじゃないのかって思うのだが、もし僕が彼に我がまま言われたら嬉しいなって思うから、そういう気持ちなのだろうかとも思う。
 いつか喧嘩とかしたりするんだろうか。ずっと一緒にいたらたまには腹立つことが出てくる? しかし正直言うとあんまり想像がつかない。それでも腹が立つ、じゃなくて怒るとしたら、彼が無理をする時かもしれない。
 自分を大事にしなかったら怒るかな。きっとそれは優哉もそう思っているだろうとは思うが。

「僕と優哉は、似てないようで似てるのかな」

「え?」

「なんかどこか近いところがあるのかなって」

「うーん、でも俺は佐樹さんみたいに優しくなれない時もありますよ。ちょっと佐樹さんはお人好しなところもあるし」

「お人好しは余計だけど、優哉は僕よりすごく優しいと思うけどな」

 なぜだか彼は自分に対する評価があまりよくない。見えている部分だけではない影があるようなことをよく言う。優哉が腹黒いだなんて感じないけれど、僕に見せまいとしているところがもしかしたらあるのかもしれない。
 どんな一面を見たって嫌いにならない自信はあるんだけどな。

「佐樹さんは俺を評価しすぎだよ」

「お前は過小評価がすぎる」

「俺はあなたほど優しい人間を知らない」

「そして僕を過大評価しすぎだ」

「本当なのに」

 思わず眉間に力が入ったら困ったように笑われた。僕はものすごく我がままだし欲張りだし、こうして受け止めてもらえるのが不思議なくらいだ。彼は弱さを見せてくれるけれど、奥底にある本音をあまり見せてくれない。それがちょっと寂しい。

「お前はどうしたら素直になるんだろう」

「なんですか、それは」

「すべてを知りたいなんて言わないけど、お前がなにかを我慢することは、させたくないな」

「ほら、佐樹さんは優しい」

「違うよ、優哉みたいに人の気持ちをおもんばかって行動するそういう人が本当に優しいんだ。……不器用とも言うけど」

 たぶん彼は優しすぎて不器用で、ちょっとだけこじれている。これまで歩いてきた道の中で、それはもう染みついてしまった部分なんだろう。いまから変えるのはきっとすごく難しいんだ。
 変わって欲しい、そう思うけれど――受け入れてあげる部分なのだろうな。でも黙って見ているだけなんてできないとも思う。

「僕はお前が幸せになるように寄り添っていきたいと思うよ」

「……ありがとう。あなたは本当に優しいよ」

 そっと回された手に抱き寄せられて頭に頬を寄せられる。その仕草に精一杯の歩み寄りを感じた。
 前よりずっと前向きになって、性格だって明るくなって、人と付き合うことにも慣れて、彼はたくさん変わったところもある。それは一緒に過ごしてきた家族のおかげなのだろう。僕も彼に影響を与えられるような人間になりたい。

「じゃあ、佐樹さん、またあとでね。送ってくれてありがとう」

「うん、なんかここまで来るのにのんびり時間かけてしまってごめんな」

「いいんです。俺も嬉しいから」

 駅までの道のりを行きよりもだいぶ時間をかけて歩いてしまった。それでも優哉は僕の両手をそっと握ってくれて、優しく笑みを浮かべてくれる。改札を抜けて姿が見えなくなるまで見送ると、僕はちょっとだけ重たい足で来た道を戻った。

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