あの日の笑顔05
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 式場に戻るともっとゆっくりしてきても良かったのにと二人に笑われた。そうもいかないだろうと言いながらも、それができたらどれだけ良かっただろうとも思う。しかしだいぶ時間を割いてもらったし、これだけでもありがたいと思わなくては。

「そういや気になってたんだけど、なんで俺たち家族席なんだ」

「ああ、そういえば」

「もしかしてあれかな、俺に気を使ったのかな」

 披露宴会場に移動しながらぽつりと峰岸が呟いた言葉に、渉さんが少し困ったように笑った。一瞬首を傾げてしまったが、すぐになるほどと納得する。僕も席次表をもらった時に不思議に思っていたが、公に出ない渉さんだからあまり人目につかないよう気を使ったんだ。

「ふぅん、それなら仕方ないな。まあ、場所なんてどこでもいいけど」

「峰岸も気楽でいいんじゃないか? 三島もいるし」

「寝らんねぇけど」

「お前、寝る気でいたのかよ」

 マイペース極まりない峰岸にじとりと目を細めたら、面倒くさそうにあくびをする。気を抜いたら本当に寝ていそうで心配になるが、さすがに家族の前でそれはしないかと息をつく。

「あ、来た来た! お疲れさまぁ」

 会場に着くと細目をさらに細くして笑みを浮かべる三島が、僕たちに気づいて大きく手を上げる。席には彼と真ん中の弟、希一もいる。
 僕たちを見て弟は小さく会釈をしてくれた。渉さんに会うのは初めてなようで、ぽつりと小さな声ではじめましてと言う。

「はじめまして月島渉です。一真から噂では聞いてたけど、ほんとに兄弟そっくりだね。二人とも身体大きいしゴールデンレトリバーが二頭って感じ」

 にっこりと綺麗に笑った渉さんに驚いた顔をして希一は頬を染める。見た目はそっくりだが、社交的な兄とは違い彼は少し引っ込み思案な恥ずかしがりだ。何度も顔を合わせている僕にもまだかなり遠慮がちなところがあった。
 初めて会ったのは彼が中学校に上がる少し前、正月の初詣の時に三島と片平と一緒にいた。早いもので来年の春には高校三年生になる。元より高かったが、背はぐんと伸びていまは三島と大して変わりがない。

「お前は相変わらず人前だと声が小せぇな」

「……別に、迷惑かけてるわけじゃないし」

「普段の元気の良さ見せれば兄貴と違ってモテるぞ」

「ちょっと峰岸、それ聞き捨てならない」

 落ち着かないような表情を見せる希一の頭を撫でる峰岸は、三島家によく出入りしているのでかなり親しいようだ。彼曰く弟は内弁慶なのだという。確かに峰岸が近くに行ったら少し表情が変わった。
 嬉しそうに笑うその顔が少年らしくて可愛い。しばらくすると入り口のほうからトコトコと末の弟もやってくる。僕たちの顔を見るとぺこりと頭を下げた。

「今日はご足労いただきましてありがとうございます」

「なんかこっちは随分と大人びてるね」

「はじめまして、月島さんですね。僕は三島貴穂です。よろしくお願いします」

 見た目にそぐわない言葉遣いをする貴穂に渉さんは目を瞬かせる。けれどキリッとした表情のまま彼はまた頭を下げた。幼かった頃はニコニコとした可愛らしい笑顔が印象的だったが、こちらは成長と共に精神年齢がかなり高くなった。
 兄たちと比べると線も細く可憐な美少年。周りにちやほやされすぎて、天狗になるどころか変にスルースキルが磨かれてしまった。だいぶクールな性格だ。

「あ、皆さんお揃いね」

「今日はどうもありがとう」

 三者三様な三島家兄弟を囲んで話をしていると、明るく華やかな片平の母と穏やかな三島の父もやってきた。二人は娘と息子にそっくりで、一目で親子とわかるほどだ。優しく思いやり深いこの人たちがいるから、子供たちはまっすぐに育ったのだろうなと思う。
 全員揃って家族席が埋まる頃にはほかの招待客も揃い、披露宴は優しい曲から始まった。会場の大きなモニターにオープニングムービーが流れる。二人のはじまりと今日までを描いた映像、そこに一番はじめに映し出されたものに僕の胸は高鳴った。

 それは一枚の写真。片平が高校三年、最後の写真展で審査員特別賞をもらったものだ。太陽の下でハイタッチをした手をクローズアップさせた写真で、笑みを浮かべる二人の表情はわかるが人物は光の加減で鮮明ではない。
 これは彼女にとって記念の一枚だが、僕にとっても懐かしく特別な一枚だ。そこに写っているのは僕と優哉。夏の課外部活動、あの日にこれは撮られた。カメラを向けられた僕と優哉がなかなか笑みを作れないのを見かねた峰岸と三島に、いきなり襲いかかられて二人でやり返したあの時。

 その時は撮られていたことには気づかなかったけれど、展覧会で出展されているのを見てすぐに気づいた。そしてこの瞬間を残してくれた片平に感謝してしまった。僕たち二人がこんな笑顔で写っているのはこれだけだ。
 そしてこの一枚が今日、晴れの日を迎える二人を繋ぐ一枚となった。この写真の思い出を知る峰岸は隣で小さく懐かしいなと呟く。僕たちが今日もこうして繋がっているのはきっとあの日があったからだ。

「新郎新婦の入場です!」

 感慨深くなっていると進行役の声と共に、控えていた式場スタッフたちが一斉にクラッカーを鳴らす。その音に会場の視線はスポットライトの先へ向けられた。開かれた扉から現れたのはにこやかに手を振る二人。
 絵になるとはこういうことを言うのだなと感じるのは僕だけではないようで、登場と共に会場から歓声や拍手が沸き起こる。可愛らしくドレスを持ち上げお辞儀する片平と、紳士らしく優雅にお辞儀する彼。もうここから撮影ラッシュだ。

 それを見ているだけで二人の人柄を感じる。彼女らに似て周りの人たちも明るく楽しい人が多いのだろう。盛り上げ上手な司会の進行で進む披露宴はかなりわいわいとアットホームな印象だ。百人くらい集まっているのに一体感がある。
 ケーキ入刀やファーストバイトは見ているだけで楽しくなった。そしてなにより二人の笑顔が本当に幸せそうで笑みが移る。

「それでは花嫁は一度中座させていただきます。エスコート役はあずみさんのたっての願いで恩師の、西岡佐樹先生」

 披露宴が進みそろそろお色直しという頃、ぼんやりと司会の声を聞いていた僕は突然耳に飛び込んできた自分の名前に耳を疑う。けれどここで呼ばれることをまったく予想していなかったのでうまく反応ができなかった。

「西岡さーん、西岡先生、よろしくお願いします!」

 何度も名前を呼ばれて隣の峰岸に背中を叩かれて急かされる。慌てて立ち上がるとスポットライトが当たり、なんともいたたまれない気持ちになった。しかし黙って立ち尽くしているわけにもいかず、渋々花嫁のところへ向かうことになる。

「お前、なんでよりによって僕を」

「えー、だってやっぱり西岡先生がいいなって」

 傍まで行くとこっそりと周りに聞こえない程度の声で笑っている片平に文句を呟く。けれどそんな反応などきっと予測済みなのだろう彼女は、なんてことないという顔で笑みを深くした。
 しかしこんな人前で、と思うが、彼女の綺麗な花嫁姿をこうして近くで見られるのはなんとなく嬉しい。それにほかの誰でもなく、自分を指名してくれたことを改めて考えれば、光栄なことだ。

「西岡先生、いままでありがとうね」

「ああ、これからもよろしくな」

「うん」

 新郎のエスコートは彼の歳の離れた妹さんだった。あとから聞いた話では彼は弟妹が多く、みんな彼と歳が離れているのだという。小さい頃に父親が亡くなり、そのあとに母親が再婚をして家族が増えたようだ。
 彼は家族をとても愛している人で、新しく父親になった人とも仲は良好で楽しい家族なのだと片平は笑っていた。彼女自身、高校までは片親だった。三島家との付き合いがあったので寂しさは欠片もなかったけれど、新しい家族が増えることはとても素敵だと嬉しそうだった。

 新しい家族――優哉も時雨さんや祖父母のことを大切にしている。いまでもよく電話をしているし、メールのやり取りもしているようで写真が送られてくると言っていた。次はいつ帰ってくるの? なんて聞かれてちょっと困っているとも。
 いまは新しい生活が始まったばかりだから落ち着くまでは難しいだろうが、帰る時には僕も連れて行ってもらいたいな、なんて考えている。愛する人の一部になれること、それは些細なことでも嬉しい。

 僕たちは神様の前で宣誓したわけではないけれど、これからも変わらず彼の隣にいたい。そして泣き笑い、時に二人で道に迷いながらも歩いて行けたらいいと思うんだ。

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