第6話 不器用すぎて嫌になる

 言葉を濁していた理由が、まさか自分を口説こうと考えていたから、などと誰が想像するだろう。

 突然の宣言のあと、希壱とどんな会話をしたか、一真はよく思い出せない。
 いつから一真を意識していたかなど、言われた気もするけれどさっぱりだった。

 結果――現在完全に無視する状態になっている。メッセージが来ても返事せず、着信があっても出ない。

 一気に距離をとった一真に対し、希壱がどう感じているのかはわからない。
 ただ彼はめげることなく、毎日のようにメッセージを送ってくる。

 だらだらと言葉を連ねられたら、鬱陶しいとはね除けられるのに、こちらへ気を使っているらしく、短い挨拶程度だった。
 相手に負担をかけない、ギリギリのラインを攻めてくるので対処に困る。

『あ、出たわね』

「出たくなかった」

 仕事を終え、一真が家のソファでくつろいでいたら、着信があった。
 もしやとひどく身構えたものの、相手はあずみで、渋々一真は通話を繋げたのだ。

「お前の弟は傍にいるのか?」

『すごい警戒。いないわよ』

「ならいい」

 あずみの返答にほっとする気持ちと、どこかムズムズする気持ちが湧く。一真は意味に気づかないふりで、それらを心の内から追い出した。

 ソファの肘掛けに置いたクッションへ頭を乗せ、足をもう片方の肘掛けに乗せる。
 寝転がった瞬間、無意識に一真の口からため息が出ていた。
 すると聞こえたのだろうあずみは、電話口で含み笑いをする。

『んふふ、そろそろ罪悪感が芽生えてきた頃かなぁと思って』

「性格わりぃな」

 違うと突っぱねたいところだが、事実そのとおりなため、ほかに言葉が出てこなかった。
 そんな一真の苦い感情を見透かして、あずみは再びからかい混じりの笑い声を出す。

『心配しなくても、あの子は大丈夫よ』

「……なんでいきなり」

『あんたの中ではいきなりなのね。こりゃ話を聞いてなかったパターンね』

「覚えてない」

『あっはっは! あんたが頭の中、真っ白になるとか笑っちゃう』

「もう笑ってんだろうが」

 あっけらかんとしたあずみの反応は、もやもやしていた状況では、問い詰められるよりもかなりマシだ。

『ほんと大丈夫だって、逆に怖がらせてるんじゃ、って心配してたわよ』

「別に、怖いわけじゃねぇよ」

『またまたぁ、あの子はなにごともまっすぐだから、わりと警戒しちゃうでしょ?』

(お前も直球すぎて警戒するっての)

 軽口のあずみに、一真はなんとも言いがたい感情になる。二人とも言葉に裏がないため、嫌悪するほどではないけれど、身構えてしまうのは確かだった。

 特に希壱はあずみとは異なり、曇りなき眼という印象なので、そもそも悪感情が持てない。
 彼が問いかけてくるすべてが、純粋なる疑問、考えなのだ。

『顔を見るのも嫌とかじゃなかったら、ちょっとは向き合ってやって』

「一度、話し合いはする」

『頼むねぇ! うちの可愛い弟なんで』

「希壱はいつもお前に相談してるのか?」

『んー、そうね。あの子の淡い初恋から現在まで、色々と』

「まあ、弥彦じゃ相談できねぇな」

『でっしょぉ~』

 長男に相談した日にはパニックになって、なにを言い出すかわかったものではない。
 その点、あずみは軽い印象があっても、根はかなりしっかりしている。

 早めにとあずみに念を押され、通話を終了したあと、いまある勢いで一真は希壱へ電話をかけた。

 呼び出し音を聞きながら、思えば自分から連絡したのは、初めてではないかと気づく。

 たまに会うのは向こうが望んだこととは言え、メッセージも送らず、電話もしないのは不義理だなと感じた。
 とはいえ一真は連絡ごとに関して、元々マメではない。

『一真さん? 連絡もらえて嬉しい。このままフェードアウトかと、実はちょっと不安だったんだ』

 電話口から聞こえた希壱の声は、明らかに嬉しそうで、ちくちくと一真の良心が痛んだ。それでも話だけはきちんとしなければ、と気を取り直す。

「連絡をもらってたのに返せず、すまない」

『大丈夫。俺の発言、かなり急だったから。一真さんが戸惑うの無理もない』

「その件に関しては――」

『さすがにいきなり断られるのは哀しい』

 正面から会うのでなければ断りやすいのでは、などと考えていた一真を見透かしていたのだろうか。秒速で言葉を制される。

「希壱」

『わかってる。いまの一真さんに気持ちがないのは。でも少しの時間でも、口説く機会くらい与えてほしい』

「お前、つい最近まで恋人を探す気でいたんだろ?」

『だって、一真さんと連絡手段がこれまでなかった。兄さんや姉さんにはさすがに聞きにくいでしょ。話題にも上らないし、何年も会ってないから、もう繋がりが途切れたんだと思ってたんだ。だから諦めようと』

「それ以前にだって言う機会――」

『言えなかったよ! 気づいたの、最後に会った時なんだもん!』

 珍しく声を荒らげた希壱に一真は驚く。それと同時に、彼の気持ちが随分と前から始まっていた事実に、言葉をなくした。

 希壱が自分の気持ちに気づいたのが、三年前。もっと前から気づかぬうちに、一真を意識していたという意味だ。

『俺、以前は別に好きな人がいたんだ。ずっと片想いしていて。だけどあの日、とっくにその恋は終わってたんだって気づいた』

 涙声になり始めた希壱の声に戸惑い、一真は適当な言葉すら思い浮かばない。

『お願い。俺に少しだけ、時間をください』

「いまはまだ、直接会える気がしない」

『じゃあ、会えそうになったらまたご飯を食べに行こう? 連絡はしてもいい?』

「……ああ」

「良かった。ありがとう」

 短いやり取りは五分にも満たなかった。
 変に緊張していたのか、スマートフォンを手放した瞬間、ほっとして一真はクッションに顔を埋める。

 ぎゅっと端を握りしめると、大きく長いため息が出た。

「マジか。まじか……」

 ほかに言葉が出てこず、一真はしばらくクッションに埋まりながら唸った。
 正直に言えば困惑しかない。

 ただ、一真はこれほどまっすぐに想いを伝えられた経験がなかった。だからこそ余計に戸惑いばかりが膨らむのだ。

 見た目の影響で遊びならいいよね、と軽く言う相手ばかりで――いや、その中にも本当は真剣だった相手もいたかもしれない。

 一真自身が、他人と真正面から向き合ったことがなかったのだろう。
 希壱の言うとおり、自身へ対し本気にならない相手を選び、関係が変わりそうになったら、傷つかないように距離をとり続けてきた。

「希壱はああ言ってたけど、俺は果たして会えると思える日が来るのか?」

 本音を言えば自信がない。だとしてもさすがにフェードアウトは、あんまりだろう。

 しかしこれが希壱ではなく、別の人間だったら――綺麗さっぱり、忘れようと思うところではある。

 弥彦の弟ではあるけれど、一真自身も可愛い弟のように思ってきたので、粗野に扱うには抵抗があるのだ。

「俺にまともな恋愛を求めるのが間違ってる、気がする」

 結局、その日は答えがいつまで経っても出なかった。だが希壱との交流は、文字と声だけでしばらく続いた。