第21話 初めての××

 これまで一真を抱きたいと言った男は、なにも希壱だけではない。わりと何度も言われた経験がある。

 世の中、可愛い男ばかりが人気なわけではない。しかし一真が頷く可能性は万一にもなく。そういった相手とは距離をおいた。

 受け手になるのが嫌、という理由よりも先に、この男に体を許すのは嫌だ、が先だろう。自分の体を預けてもいい、そう思える相手がいままでいなかった。

「一真さん、わりといつも軽く、というか安易に許してくれるよね?」

「言い直してもさほど変わらないぞ。それは希壱だからだろ? 俺はその気もないのに、こうやって昼間っからベッドで戯れない」

「うっ、やめて。いきなりそういう、殺し文句みたいなの」

「お前はうぶなのか、肉食なのか。よくわからないやつだなぁ」

 片手で口元を多い、真っ赤な顔をしている希壱に呆れる。
 先ほどまで一真を頭からつま先まで、食らい尽くす勢いの雄だったのに、急に《《男の子》》になるのがある意味、面白い。

「だって、俺は全部一真さんが初めてだし。一真さんは格好良くて可愛くて、ドキドキするし。衝動的にもなるけど、我に返ったりもするんだよ!」

「忙しいやつ」

 感情にメーターがついていたら、振り幅がすごいことになっていそうだと、想像するとひどく笑えた。
 肩を震わせ一真が笑っていたら、希壱はふて腐れた顔をする。

「笑わないで。俺はいつだって、一真さんに真剣なんだから」

「悪い。からかったわけじゃない。お前が、希壱が可愛いなぁと思っただけだ」

「……たまには格好いいって言われるようになりたい」

 ますますぷーっと膨れた頬に、一真はさらに笑ってしまった。そんな仕草が可愛いのだと思っても、追い打ちをかけたらもっとご機嫌が斜めになるだろう。

 仕方なしに、横たえたままだった体を起こし、一真は希壱の膝に乗り上がる。

「心配するな。希壱は可愛くて男前だ」

「んー、少し気になる部分はあるけど。一真さんがこうやってご機嫌取りしてくれるから、まあ、いいか」

 ぐっと一真の腰を引き寄せた希壱は、尻まで下がった下着に指をかけ、くいっと引っ張ってくる。

 ちらりと希壱の表情を窺ってみれば、ぺろりと舌なめずりをして、すっかりケダモノの顔になっていた。

 希望に添うため、一真は希壱の口先に口づけると、わずかに腰を上げる。すると希壱の手がするりと下着の中へすべり込み、尻を撫でてからそのまま太ももへ下がっていく。

「ここから先は初めてだ」

「そういやそうだな」

「やばい、興奮してきた」

 いつもは最中に、下着まで脱ぐことはしなかった。お互い、無意識のボーダーラインになっていたのだろう。

「わかりやすく興奮した顔になってる」

「からかわないでって言ってるでしょ」

「からかってねぇよ。わかりやすく雄の顔になってるって意味だ」

「俺が馬鹿な真似しそうになったら、殴って止めて」

「もうちょっと理性の紐、締めとけよ」

 とはいえ希壱は興奮しやすくとも、比較的理性を保っているほうだ。これまで我を忘れて一真を乱暴に扱うことも、無理をさせることもなかった。

「最後までは、もう少しだけお預けな」

「うん」

 ほんの少し汗ばんだ、希壱の髪を両手でくしゃくしゃと撫でてやれば、彼は小さく頷き一真に口づけしてくる。

 煩悩に忠実な猿ではないので、希壱は一真が退院したばかりで、体力がない現状をよく理解していた。
 先ほどまでもずっと一真の様子を窺い、わずかでもキツそうにすれば手を緩めてくれた。

 最後の辺りはかなり突っ走ったけれど。

「はあ、また一真さんを抱きしめられて、こうして触れられて幸せ」

「そういやお友達、余計な世話をかけたみたいで」

「駄目、確かにあの人は俺の友人だけど。いまはほかの男の話はしないで」

 入院前に面倒をかけた希壱の友人。まだ一度もきちんと顔を合わせていないな、と思った一真だったが。
 突然、妙なヤキモチを妬かれた。

 指先で、きゅっと一真の唇をつまんだ希壱に言葉を遮られる。

「あとでその話はするとして、いまは俺だけ、俺のことだけ考えて」

「仕方ねぇなぁ」

 可愛い我がままに口元を緩めた一真は、両腕を伸ばし、希壱の首に絡めると、口づけを返した。

(これで付き合ってないとか。俺たちの関係もなんだか曖昧だな)

 とはいえ実際は、お試しお付き合い中なので、付き合っていないという言葉は正解ではない――のだがこれではもう、お試しどころではない気がした。

(体の相性も大事だとは言え、な)

「一真さん。ほかのこと、考えたら駄目」

 心の中で一真が現状に呆れているあいだに、希壱はすっかりスイッチが入ってしまったらしい。彼の昂ぶりが腹の辺りで主張しているのがわかる。

 だがそれは一真も一緒で、希壱ほどでないにしろ、キスの気持ち良さに反応を示していた。
 わずかに擦りつけるよう腰を揺らすと、わざと体の重心をずらした希壱とともに、一真はベッドに再び沈んだ。

「男の人ってさ。ここの奥。ちょうど前立腺がある場所なんでしょ? だからこうやって擦ると気持ちいいんだよね?」

 また一からやり直しとばかりに、体中を愛撫され、散々焦らされたところで、一真は太ももの隙間に希壱の昂ぶりを挿入される。

 両脚を掴まれ、まとめて肩に担ぎ上げられた状態は非常に無防備だ。
 ゆるゆると腰を動かす希壱は、事前になにか学習していたらしく、同じ場所を何度も昂ぶりで擦ってくる。

 なにもない部分だというのに、希壱が言うようにずっと擦られているうちにゾクゾクとしてきた。

「ここ、いいんだね。一真さん、えっちで可愛い顔になってきた。前も一緒に擦って、もっと良くしてあげるね」

「あっ、や、いっぺんは――っ」

「はあ、これほんとにシてるみたい。でも一真さんの中はこれよりも、めちゃくちゃ気持ちいいんだろうなぁ」

「んぁっ、あ、希壱っ、両方は無理っ」

 感じるいいところを擦られ、自身の昂ぶったものを握り込まれ、一瞬――目の前に火花が散って頭が真っ白になった気がした。

「ほんとに無理? 離していい?」

「離し、て……マジで。あっ、ぁっ」

「じゃあ、こっちだけね」

 あっさりと手は離れていったけれど、先ほどより希壱の腰使いが激しくなった。そうすると離された場所にまで彼のモノが届き、一緒に擦られる。

 しまいにはぬめる音だけでなく、腰を打ち付ける音まで響き、本当にシているような気分にさせられた。

「あー、この眺め、最高にやばい。めちゃくちゃ一真さんを犯してる気分になる」

「ふっ、ん……」

「駄目だってば、唇を噛んだら。えっちな声、聞かせて?」

「や、だ」

「涙目でそういう風に返されると、なんかゾクゾクしちゃうね」

「希壱?」

「後ろからしてもいい? もっと動きたいんだけど」

 ピタッと動きを止めた希壱が、一真の脚をベッドへ降ろし、顔を覗き込んでくる。
 じっと見つめてくる視線に、一真の目はそわそわと泳いだが、しばらくして自分から体をうつ伏せた。

 顔をマジマジと凝視されながらするのに、少し抵抗があったのだ。おそらく希壱もそれに気づいたのだろう。

「一真さん、腰がくびれてすごいえっち」

「あんまり、触るな」

「ごめん。後ろ姿が想像以上に色っぽくて」

 ひたりと触れた手のひらが、いきなり腰で滑らされて、一真の体は反射的に跳ねた。反応があまりに大きかったので、希壱も驚いたようだ。ぱっと手が離れていった。

「正面もたまらないけど、後ろから見るのもたまんない」

「眺めてばっかりいるなら、終わりだぞ」

「そんな意地悪、言わないでよ。でもほんとにやばい。見てるだけでクるものがある」

 背中からでも、凝視される恥ずかしさはあまり変わらなかったと、若干逃げ腰になった一真の様子に気づいたのか。

 ぐっと一真の腰を掴んだ希壱が、すぐさま先ほどの場所に、昂ぶっているモノを押しつけてきた。

「一真さん、もうちょっとだけ、腰を上げて脚、締められる?」

「んっ、無茶を言うな」

「腰、上げないほうが楽かな?」

「あっ、き、いちっ」

「うん。これがいい」

 うつ伏せになっていた一真の上に覆い被さると、希壱はそのまま腰を動かし始める。下半身への刺激と、希壱に背後から抱きしめられ、耳や首筋に熱い息がかかる感触。

 逃げられない体勢に持ち込まれて、一真は焦りとともに、体の芯を震わせる快感も覚えた。

 角度のせいか、尻の割れ目にも熱い昂ぶりが擦れる。ゴムをしていないから、濡れた感触がリアルに伝わった。

「ふっ、ぁっ、あぁっ」

「この体勢、乳首にも触れる」

 一真を抱き込み、体の下へ手を忍ばせてくる希壱は、クスッと小さく耳元で笑った。小さく尖った場所を指先でいじられながら、一真はめまいを覚える。

(これ、普通にするより恥ずかしいし、もどかしい)

 一度も経験したことがないのに、希壱のモノが中へ挿れられたら、きっとたまらなくいいのだろうと、一真の喉が鳴った。

(女だったら、いますぐ挿れてくれって言ってたな)

 さすがに男の体は、挿入に備えた構造をしていない。気分で即、とはいかないのがひどくもどかしかった。

「一真さん。腰、揺れてる。シーツに擦っちゃ駄目だよ。もっと刺激が欲しい?」

「ほし、い」

「あー、やば、可愛い。ちょっとだけ腰上げて? 俺が支えるから」

「はあ、希壱……あんまり長くは無理」

「あっ、そうだよね。ごめんね、無理させて。一真さんになるべく負担、かけないようにする」

 興奮していた希壱だが、一真の一言で我に返ったのかハッとする。一真が病み上がりなのを思い出したのだろう。
 しかしここで手加減されても、一真自身も物足りなくなる。

「これで最後なら、いい」

「一真さんは俺を甘やかしすぎ」

「早く」

 膝を立てて腰を上げて見せれば、希壱の喉がわかりやすく上下した。じっと一真が見つめていると、腰を鷲掴みされ、すぐに希壱は腰を使い始める。

 楽な体勢をとるため、上半身をベッドに埋めた一真は、途端にせり上がる快感に耐えて、ぎゅっと強くシーツを掴んだ。

 疑似セックス。何度も腰を打ち付けられ、体を揺さぶられ、一真は希壱が射精するのとともに果てる。

「一真さん、大丈夫?」

「やばい」

「えっ?」

「……眠い」

 家に帰ってすぐにこんなに何度も達すれば、体力が尽きるのも当たり前。ウトウトとまぶたが重くなり、意識がぼんやりし始めた一真はそのまま眠りに落ちた。

 数時間後――目が覚めた時には、すっかり身綺麗になっており、おかげでぐっすり眠れたと気づく。もちろん胃に優しい晩ご飯が、もれなく準備されていた。