第26話 二人で初めて

 しばらくして寝室を覗くと、ベッドで希壱は寝転がりながら、スマートフォンを見ていた。おそらく色々と予習復習でもしていたのだろう。

 そっと近づいて見ると、一真の気配に気づき、希壱はハッと顔を上げた。

「忍び足で来ないで!」

「なに見てんのかなぁと思ってな」

「わかってるくせに、意地悪いなぁ」

 手にしていたスマートフォンをベッドの宮棚に置き、希壱は充電コードに繋ぐ。そんな様子を、一真はベッドの端に腰掛けながら見守った。

「心の準備、できたか?」

「うん。一真さんは?」

「体の準備はできたぞ。希壱がその気にさせてくれるんだよな?」

「なんかハードルが上がった」

 一真の言葉に眉尻を下げた希壱だが、顔を見合わせると二人して笑ってしまった。

「一真さん、こっち来て」

「ん、仕方ねぇな」

 ベッドの上に座った希壱が両手を広げてくる。不承不承を装い、端からそちらへ移動して、一真は希壱の膝に乗り上がった。

「今日はやけにバクバクしてんな」

「うん。さすがにね」

 Tシャツの上から胸元に手を当てると、希壱の心臓はやけに駆け足だ。普段、一真にのしかかってくる時でさえ、ここまで速くない。よほど緊張しているのだろう。

「希壱、キス」

「可愛い。一真さん、大好き」

 わざと一真がねだってやれば、するりと腰に両腕が回され、抱き寄せられた。笑顔のまま近づいてくる希壱に、苦笑を滲ませながらも、一真は黙ってまぶたを閉じる。

 やんわりと触れるぬくもりは随分と慣れた。希壱がどんな風に口づけるか。興奮が混じり始めるとどうするか。

 些細な癖もわかるくらい、キスをしているというのに、これが付き合い始め、最初の口づけだ。いささかおかしな気分になる。

「や、やばい。めちゃくちゃ心臓が――破裂しそう」

「しないしない」

 たっぷりと一真に口づけておいて、随分とひ弱な発言をする。感情と動作がちぐはぐになっている、希壱のTシャツの裾から、一真は手を忍ばせた。

 確かに先ほどより、一真の手のひらに伝わる鼓動が忙しない。それでも希壱の意識が性欲に振り切れば、気にならなくなるだろう。

 緊張した希壱の体を、手のひらでゆっくりなだめるように撫でていたら、急にベッドへ押し倒され、一真は目を丸くする。

「希壱?」

「駄目、ほんと駄目。俺に嫌なことされたら殴って」

「野獣め」

「一真さん限定」

 どうやら希壱の興奮がMAXになってしまったようだ。
 押し倒した一真の体をまたぎ、希壱は荒々しく口づけてくる。少々強引に口の中へ侵入してきて、舌や粘膜を貪りだす。

「はっ、がっつきすぎ」

「無理だから、殴るか蹴るかして」

「んっぅ」

 唾液が溢れるほど舌を絡められ、首筋や脇腹をまさぐられる。
 このくらいは散々してきたのに、今日の希壱は瞳がギラギラしてすっかり獣だ。

 希壱の唇が下へと滑り、首を舐めたかと思えば、鎖骨を甘噛みしてくる。いまにも食われそうな感覚に、一真は身震いした。

「すげぇ、もうガチガチだろ」

「いま痛いくらいだから触らないでね。一真さんを先に堪能したいから」

 視線を下へ向けると、スウェットを押し上げる希壱の昂ぶりが目に入る。じっと見つめていたら、希壱は一真の太ももにそれを擦りつけてきた。

「一真さん、すごい物欲しそうな顔」

「自分で暴発させんなよ」

「最初はいつものしようか」

 腹を撫でていた手が、一真のスウェットのウエスト部分を引っ張り、侵入してくる。

 希壱の興奮に煽られ、反応していた欲望を彼の手で優しく、だけれど愛撫のようにねっとりと撫でられた。

「感じてる一真さん、色っぽいし、可愛い」

「語彙力」

「求めないで」

 一真の昂ぶりを扱きながら、希壱もスウェットや下着をずらし、自身のモノを目の前へさらけ出してきた。

 体の大きさに比例するのか、希壱の息子は大層立派だ。手でしている分はいいけれど、挿れるのはなかなか大変そうに思える。

「先に言っておくね。俺、すぐイキそう」

「……ふっ、別にいい」

 思わぬ宣言に、こらえる予定の笑いがかすかに声に出た。しかし希壱もいまばかりは、照れくさそうにするだけだ。

「んっ、はあ……無理、しなくていいぞ」

「だって一真さんの良さそうな顔、もっと見てたい」

「そんなのこのあといくらでも、見られるだろ?」

「うっ、一真さんのバカ、そういうのいま駄目だから」

「注文が多いな」

 下半身からはエロい、ぐちゃぐちゃとした水音が聞こえるのに、なんとも気の抜ける雰囲気。だが、なんとかやり過ごす気だった希壱は、結局――

「ごめっ、一真さんまだなのに」

「よしよし、とりあえず少し落ち着け」

 気が逸っていて、メンタルコントロールができていなさそうだ。しょぼんとした様子を見て、一真は希壱の頬を優しく撫でる。

「しっかりと、とか上手くやらないと、とか考えなくていい。そういうものじゃないだろ、これは」

「うん。……一真さん好き」

「よし、いい子だ。俺も好きだから、そんなしょぼくれた顔をするな」

 本物の猫のように、しゅんとイカ耳になっていそうな顔が可愛い。なだめすかし、頬や唇にキスをすれば、徐々に落ち着いたのか希壱のほうから仕掛けてきた。

「相手が一真さんで良かった」

「こういううぶで可愛いところがいい、って言うやつもいるだろうけどな。俺みたいに」

 ぽつんと呟く希壱の鼻先にキスをしたら、唇にキスを仕返された。

「一真さんだけに思ってもらえたらいいや」

「俺の黒猫は可愛いな」

「いっそ俺、一真さんに飼われたい」

「外猫から飼い猫になるか?」

「なる。一真さんと暮らしたいなぁ。実家にいると俺の部屋にも呼べないし」

 以前からちょくちょく、希壱は家を出て暮らしたいと言っていた。
 兄の弥彦にお試し期間中と言ってあるようだが、本格的に付き合うことになったいま、色々と口を出してきそうにも思える。

「じゃあ、もう少し新生活が落ち着いたらな。いまはこっちが優先だ」

「えっ、うわっ」

 同棲についても話し合いたいところだけれど、放って置かれた一真の昂ぶりがまだ治まっていない。

 雰囲気が完全に流れきる前に、一真は体勢を入れ替え希壱をベッドに押し倒した。そして彼をまたぎ、Tシャツとスウェットを目の前で脱ぐ。

 いまの希壱はベッドの下へと放り投げられた、衣服など目に入らない様子だ。

「舐めて」

「一真さん、すごい眺め……エロい」

 仰向けに倒れた希壱の唇に、下着からはみ出した昂ぶりを押しつけ、擦りつければ、ゴクリと彼の喉が鳴った。

「んっ」

 伸ばされた希壱の舌にちろりと先を舐められ、ぞくりとした快感が走る。
 濡れた息を吐きながら、一真は自身の体を支えるため、希壱の頭上にある棚へ手をつく。

「この体勢、一真さんの顔が見ながらできて、すごくいい」

「ぁっ――んんっ」

 チロチロと舐めていた希壱に、一気に昂ぶりを飲み込まれ、無意識に指先に力が入る。
 ぎゅっと棚を掴んでいる一真に気づいているのだろう。希壱はわざと音を立てながら、一真のモノをしゃぶる。

「んっぁ、あっ……き、いち」

「腰、逃げてるよ」

「――急にスイッチ入れやがって」

「だって、一真さんがえっちだから」

「ひぁっ」

 加減もなくしゃぶられ、逃げがちになる腰を両手で掴まれた。手淫でかなりいいところまで高められていたので、いまは刺激が強すぎるくらいだ。

「希壱、も、ちょっとゆっくり」

「でもイキそうでしょ?」

「だからゆっくり……ぁ、んっ」

 ゆっくりと言ったのに、喉の奥までしっかり飲み込まれてしまい、体が力んで太ももが震える。
 一真の様子を見ている希壱は、腰を片方で掴んだまま、空いた手を尻から太ももまで滑らせてきた。

「ふぁっ、き、い……ち、もう」

 喉でぎゅっと先端を締められ、舌先で裏筋を撫でられ、腰がガクガクとしてきた一真は手元に額を預ける。
 棚に上半身を傾ける状態は、同時に希壱へ下半身を押しつける形にもなった。

「ん……あぁっ」

 腰から下りた手が尻を揉みしだき、指先が割れ目へと侵入する。触れた希壱はそこが濡れているのに気づいたのか、フチを撫でてから指を侵入させてきた。

「ローションでヌルヌルになってる」

「――っ」

 ズブズブと指が一本入り込んできて、中をぐるりとかき回す。一真は寝室に来る前、自分で少しほぐしたけれど、他人にこの場所を触れられると、まったく違う感覚がする。

 ちらりと下方へ視線を落とすと、希壱が舌なめずりをしていた。

「ごめん、早くイキたいよね?」

「まっ、た――」

 再び深く奥までしゃぶりつかれたかと思えば、中に入った指が探るように動かされる。
 しゃぶられている昂ぶりの裏側。たどり着いた希壱はそこをすりすりと撫で始めた。

「ひっぅ……あっぁっ、希壱っ」

 ぎゅうっと力の入った一真の指先が白くなる。けれど強く掴んでいないと、膝から崩れ落ちそうだった。

 うまそうに一真をしゃぶる希壱が、じゅっと先端を吸った瞬間、一真はこらえる間もなく果てた。

「ごちそうさま」

 汚れた唇を舐めている、希壱の喉がゴクリと動く。飲み干されたと気づき、さすがの一真も顔が熱くなった。

「そんなもん、飲むなよ」

「美味しいわけじゃないけど、すごくおいしかった」

「はあ、もう限界」

 達したら余計に体に力が入らなくなる。ぺたんと希壱の膝の上に座り込めば、ベッドサイドに置いてあったペッドボトルの水を飲んでから、希壱はキスをしてきた。

「可愛い。今日は一段と可愛い。一真さん、可愛い」

「それしか言えねぇのかよ」

「うん」

 同じ言葉を繰り返し、唇、頬、こめかみなどに口づけてくる希壱にため息が出る。しかし油断をしていたら、彼の手が尻へ向かい、また侵入してきた。

「もう一本増やしていい?」

「……聞くな」

「俺判断にしたら、暴走しちゃうよ?」

「裂けない限りいい」

「いや、照れ隠しでも大雑把すぎるから。怪我させないようにここはゆっくりするよ」

 そう言いながらも、希壱は中の指を動かしているので、一真は彼の肩口に頭を預けているしかできない。

「一真さん、自分でほぐしたんだよね? かなり柔らかくてびっくりする。中に挿れたら気持ち良さそう」

「耳元で喋るな」

「無茶言わないで」

 肩に頭を乗せているのだから、希壱の言い分は正しい。それでもいまは、悪態でもついていないとやり過ごせないのだ。