とろけるほどの甘い恋
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 静かな室内に天希の甘く上擦った声が響く。
 緊張で凝り固まっていた身体は、いまやすっかり伊上に委ねられている。最初に乱暴にはしない、と言った通り、彼のセックスは優しかった。

 なるべく天希の負担にならない体位を、選んでくれているのだろう。痛いだとか、苦しいだとかの思う暇もなく。ひっきりなしに啼かされてばかりいた。
 初めてなのにこんなに気持ちが良くて、自分がどこかおかしいのでは、などという考えがよぎるが――すぐに快感の波に飲み込まれる。

「んぁっ、や……も、で、る」

「はあ、あまちゃん。まだ平気?」

「……ぁっあぁっ」

 ぐっと腰を引き寄せられて、中をかき回される。うつ伏せる天希の背中に、覆い被さりながら腰を揺らす、伊上の体温を感じた。
 それだけでもう、頭が沸騰しそうだった。

 すっかり形に馴染んだ場所は、さらにきゅっと彼のものを包み込む。小さく漏れ聞こえる、色気のある伊上の声は、脳みそを溶かすような効果があった。

「あまちゃんが体力あって良かったよ」

「ぁっ、そこ、もっと……んっ」

「可愛い、想像以上に可愛くて、癖になる」

 ぽつぽつとしたたり落ちる伊上の汗が、天希の肩を伝い落ちる。
 自分に興奮している彼を感じるたびに、それが身体中に広がって媚薬みたいに、心をとろけさせた。

 どんな顔をしているのだろう。そんな好奇心が湧いて、天希は身体をひねり後ろを振り向く。しかし表情を見る前に、唇を塞がれた。

「んっ……や、だ。あんたの顔が見たい」

「見なくてもいいよ」

「見、せろ!」

 なおも唇に吸いついてくる、伊上の顔を片手で押さえて引き剥がす。小さな攻防の末、ずるりと熱が引き抜かれて、天希は小さな声を漏らした。
 そうしているあいだに足を担がれ、今度は正面から熱を押し込まれる。

「あっ、やだっ、揺らすな、馬鹿っ」

「これなら顔が見えていいだろう?」

「もっと、近くっ」

 先ほどまでとは違い、激しく揺さぶられて視界が揺らぐ。
 両手を伸ばして腕を引っ掻くと、伊上は小さく息をつく。だがすぐに身を屈めて天希の身体を引き寄せた。

 向き合う形になり、天希は両手で彼の頬を掴む。そして汗ばんだその頬を撫でて、満足げに笑うと自ら唇を重ねた。
 深く口づけを交わし、舌を絡めると、ゆっくりと腰を揺らされる。下からの突き上げに、また身体に火をつけられた。

「い、がみ……あっ」

「あまちゃん、名前、下の名前」

「ふ……ぁっ、こう、いち?」

「そうそう、可愛く呼んでくれたら、もっと気持ち良くしてあげるよ」

 耳朶を甘噛みされて、舌を這わされる。甘い声が鼓膜を振るわすと、ぞくぞくとして、たまらない気持ちにさせられた。
 さらに催促するように深く奥を擦り上げられると、頭のネジが一本飛ぶような感覚になる。

 ひっきりなしに喘いで、馬鹿みたいに何度も伊上の名前を呼ぶ。それがお気に召したのか、掠れた声で名前を呼ぶ度に攻め立てられた。

 優しいセックスも気持ちがいいが、激しく求められるのも満たされる。けれど火がついたのは天希だけではなかったようで、終わりがないくらいに追い詰められた。

「あっ、……もう、これ以上、イケねぇよ。壊れ、る」

「もう少しで、ここだけでイケそうなのにね」

「無理、もう、無理だって!」

「うーん、それはまたの機会にしようか」

 少しの摩擦でも身体が反応する。触れる場所触れる場所、肌がざわついて仕方がなかった。けれどもう出すもの出し尽くしていて、快感が辛くなってくる。
 ベッドに顔を埋める天希のこめかみにキスをして、伊上はベッドを下りた。

「あまちゃん、これ飲みな」

「なに? ……蜂蜜レモン?」

 スウェットを履いて戻ってきた彼は、天希にマグカップを差し出す。それを受け取れば爽やかな甘い香りが漂った。

「明日、喉が痛くなると大変だからね」

「……あんたはわりと、ねちねちしつこい。蜂蜜みたいにこう、ねっとり」

「その言い様はひどいね。あまちゃんも気持ち良かっただろう?」

「まあ、そうだけど」

 ぬるめのホットレモネードを飲みながら、天希は頬を染める。そのあいだ伊上は、甲斐甲斐しく身体を拭いてくれた。

「お風呂は起きたら入ろう。いまは、ネチネチしつこくて、疲れただろう?」

「ふはっ、嫌味っぽい」

「ちょっと僕は傷ついた」

「嘘だよ嘘。優しくて、なんかこう、甘かった」

「あまちゃんが可愛いからね。うんと優しくした」

 小さく笑った伊上は、照れて俯く天希の肩にシャツを羽織らせる。その瞬間、ふんわりと甘い濃厚な香りがした。

「あんたのコロン、すげぇ甘い匂いがする」

「匂いきついかい? 汗臭いよりいいかと思ったんだけど」

「好きな匂い、だ」

「そう、それは良かった」

「シャツ、やっぱりちょっと大きい。あんたって着痩せするんだな」

 羽織ったシャツに腕を通してみると、袖が長く、少しサイズオーバーだ。けれど半裸の彼を見れば、それも頷ける。
 腕も太く胸板も厚く、筋肉がしっかりとついていた。筋肉隆々というほどではないが、鍛えられているのはよくわかる。

「彼シャツ」

「は?」

「ってのを、してみたかったんだけれど。可愛くていいね」

 急にぽつんと呟いた伊上に天希は呆気にとられる。けれど続いた言葉に、ボッと音がしそうなほど顔を赤らめた。

「彼シャツ、萌え袖って言うの?」

「ばっかじゃねぇの!」

「こら、空でもカップは投げないの。脱いじゃ駄目だよ。どうせ今日は着るものないんだし」

「バカバカ、すげぇ馬鹿!」

 放り投げたカップをキャッチした伊上は、呆れたように肩をすくめる。それを見て恥ずかしさと、逃げ出したい気持ちが込み上がった。けれどこの部屋でそんなことはできない。
 ベッドの端に畳まれた掛け布団を引き寄せて、天希は籠城を始めた。

「あまちゃん、立てこもる前にシーツ交換しようか」

「うるせぇ、ばか!」

「可愛いなぁ」

 ぎゅっと布団の端を握ってうずくまったけれど、難なく布団ごと抱え上げられた。そのままソファへ移動させられて、天希はみの虫のごとく布団に丸まる。
 だがすぐに伊上に身ぐるみを剥がされた。

「明日、着るもの買いにいこうか。色々買い揃えよう」

「……クリスマスデート」

「うんうん、デートしよう」

「ディナーは?」

「おいしいもの食べよう。どうせなら指輪でも買おうか。結婚指輪」

「やっぱり、馬鹿だ」

 ふふっと目元を和らげて笑った伊上に、気持ちがなだめすかされる。
 いつものなにを考えているかわからない顔ではなく、できたばかりの恋人が、可愛くて仕方がないという顔。

 ふやけた顔に天希はそっと唇を寄せた。

「俺は返却不可だからな。覚えとけ」

 一寸先は闇という言葉があるけれど、本当になにが起こるかわからないものだ。人生最悪のシチュエーションからの大どんでん返し。
 人生初めての彼氏に、天希は満面の笑みを返した。

Sweet☆Sweet
~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました/end

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