恋するわんこは花盛り
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 突然現れた少年、彼が着ているのはお坊ちゃんお嬢ちゃんが通う、セレブ高校の制服だった。偏差値も高く、超難関の大学進学率が高いことでも有名だ。
 深いグリーンのブレザーにタータンチェックのズボン。着る人間を選ぶ洒落たデザインだが、嫌味なく似合うスタイルの良さ。

 すっきりとした短髪に、くりっとした大きめの瞳。どこぞのアイドルかと思える容貌で、さぞかしモテるのだろうと、簡単に想像できた。
 だがさすがに、一日に何度もイケメンを見ると、腹がいっぱいな気分になる。

 そんな心中をよそに、彼は天希を見るなりぱっと表情を華やげた。それは散歩で喜ぶ大型犬のような愛嬌だ。
 人なつこそうな笑みを向けられ、キラキラした瞳で見つめられ、天希は思わず首を傾げてしまった。

「うわぁ、格好いい。いいなぁ、ピアスとか憧れる!」

「え? 格好いい? えーと、あの」

「髪の毛は染めてるんですか? 色を抜いてるのかな?」

 聞き慣れない言葉にも戸惑うが、いきなりぐいぐいと詰め寄られても、どうしたら良いものか、対応に困る。
 思わず天希が田島に助けを求めると、彼はすっと少年の肩に手を置いて、促すように一歩下がらせた。

「なに? 田島さん」

「ご挨拶がまだです」

「あっ、すみません! 初めまして、俺は二ノ宮成治です」

「あ、どうも、新庄天希です。ん? ……二ノ宮?」

 深々と頭を下げる成治につられて、天希も頭を下げたけれど、先ほど聞いたばかりの名字と一緒で、また疑問符が浮かぶ。

「成治さんは二ノ宮さんのご子息です」

 再び答えを求めて田島を見れば、速やかに補足説明をしてくれた。淡々と言葉を発するので、その様子はさながら自動翻訳機かと思う。

「息子? 似てねぇなぁ」

 にこっと笑った成治は日向の子、と言うイメージだった。存在だけで威圧感を与える、志築とはまったく面影が重ならない。
 共通点は背丈と顔の良さくらいだ。

「俺は母親似なんです。できたら父さんに似たかった」

「え、いや、……いまのままもいいと思うけど」

「男らしくて背中で語る、みたいなのいいですよね! 俺もあんな風になりたいんですけど、迫力がなくて」

 しょぼんと尻尾が垂れたわんこ、もとい成治は、本当に残念そうだ。しかし背中で語られても、説明不足は良くない。
 先ほどのように一方的に、言うだけ言って去られるのが一番困る。

 顔立ちに関しては、志築も整っているので、似ても厳つくなることはないだろうが。その道のボスに似ているのは、日常生活でどうかと思う。
 自分だったらなるべく表沙汰にならず、こっそり暮らしていたい。

 天希は顔で損をしている、と言われるほどなので、できたらもう少し穏やかな顔立ちだったら、と思うことが多々あった。

「俺、あなたみたいな格好いい人に憧れます!」

「格好いい? どこが?」

「めちゃくちゃ格好いいですよ!」

 ぐっと両手を握った成治は、ますますキラキラした瞳で見つめてくる。
 その視線に天希は苦笑いを返しながら、美的センス――腹の中においてきたか? などという失礼なことを思った。

「そうだ! 天希さん! 好き嫌いはありますか?」

「はい?」

 なんの脈絡もない問いかけに戸惑う。似ていないと言ったが、似ているところが一つあった。一方的に話が進んでいくところがそっくりだ。
 父親のように投げ捨てされるような一方的さ、ではないのが救いだが。

「成治さんはここでいつも、自分たちに食事を用意してくれます」

「へぇ、……あ、好き嫌いはない、です」

 田島の補足説明がなければ、頭に疑問符を浮かべてばかりだっただろう。ポンポン言葉が飛び出してくるのは、成治の癖なのかもしれない。

「良かった! 今日は炊き込みご飯に菜の花の白和え、金目鯛の煮付けとお造り、お吸い物です」

「それ、俺もいいの?」

「はい! 伊上さんの大事なお客さんが来るって聞いたから、張り切っちゃいました!」

「それは、わざわざありがとうございます」

「早く会ってみたかったんですよね。伊上さんの恋人に!」

「えっ!」

 満面の笑みでさらりと言われたが、天希は思わず声が上擦った。まさか全体的に筒抜けなのだろうかと、次第に恥ずかしさが湧いてくる。
 伊上は人に触れ回るタイプには見えなかったので、意表を突かれた。

「そ、それは、誰に」

「父さんが言ってました。伊上さんいまは恋人に夢中なんだって」

「左様ですか」

「あの伊上さんを夢中にさせちゃうなんて、天希さんはすごいですね! 色々お話を聞きたいです!」

「ええっ?」

 思春期の好奇心か、はたまた詮索好きなだけなのか。
 期待に満ちた顔で見上げられて、なんと言葉にして良いものか悩む。話すことなんて、ただただ甘やかされていることくらいしかない。

「成治さん、食事の準備してきます」

「はい、お願いします」

 そうこうしているうちに、頼みの綱である田島が、部屋のふすまを閉めようとする。助けを求めて視線を送るが、黙って頭を下げると、そのままパタンと閉めきられた。

「あの、成治、くんは食事の準備は、しなくていいのか?」

「成治でいいですよ。俺は作る専門です。あとは皆さんがしてくれるので」

「そう」

「座ってください。お茶、淹れます」

「どうも」

 しんとした空間でポットから急須へ、湯が注がれる音が響く。黙っていると、カチカチと時計の針の音まで響いて、落ち着かない気分にさせられる。
 テーブルの向かいに座る成治は、律儀に蒸らす時間をタイマーでセットした。

「成治は、なにが知りてぇの? 別に面白い話なんてないけど」

「普段あんまり物事に関心がない人を、振り向かせる方法を教えてください!」

「は?」

「伊上さんってなんていうか、他人に興味ないタイプ、だったから。そういう人を落とすには、どうしたらいいのかなって」

「それってもしかしなくても、成治は片想い中?」

「えへへ、内緒ですよ。ほかに話せるような人がいなくて」

 勢い込んで、前のめりになった成治に驚かされたが、そういうことかと納得がいく。恋バナの相談をしたかっただけだ。
 自分に食いつくくらいだから、友人に相談ができない、男性なのかもしれない。きっと伊上を参考にするような、大人の人。

 照れて頬を染める成治を見ながら、天希は腕組みをする。
 このコミュニケーション能力の高さをもってしても、お近づきになれないような相手。

「とは言ってもなぁ。俺たちの出会い方って普通じゃねぇし。参考にはならねぇよ」

「そう、ですかぁ」

「運良く伊上が興味を持ってくれたから、いまがある、みたいな」

「興味、……そうですよね」

「期待は薄そうなのか?」

「……薄いですね」

 萎れた花のように気落ちした成治は、音を立てたタイマーを止めると、ため息交じりに急須を手に取る。
 湯飲みに茶を注ぐたびに息をついて、お先真っ暗と言った様子。

「そもそもあの人と、そんなに話したことがないから、興味持ってもらえる要素ないです」

「話したことがないってことは、顔がそんなに好みなのか?」

「あっ、いや、顔だけじゃなくて、……いえ、顔はすごく好みです。でもただ一緒にいるだけで落ち着くんですよね」

「ああ、そういうのは大事だな」

 天希の場合は出会って即の一目惚れ。アプローチをかけられて、ますます気になってしまった、が始まりではある。
 そんな中で気持ちが大きく傾いた理由は、傍にいるだけで癒やされる相手だったから。一緒にいるだけで幸せを感じられる相手だったから、心から好きだと思えた。

「成治は俺と違って顔もいいし性格も素直だし、好かれる要素はありそうなのにな」

「……子供じゃ駄目ですかね」

「年の差か。高校生だもんな」

 真っ当な大人であれば、未成年に手を出したりはしないだろう。そう考えると、まともな相手であることは安心できる。
 問題はどうやって心の内に入り込むかだ。とはいえ天希も恋愛初心者。そんな方法がわかっていたら、苦労はしない。

「うーん、身近にいる似たタイプにリサーチしてみるとか」

「たとえば?」

「そうだなぁ」

 年上、男性、あまり人に興味なさそうで、真面目な人――そこまで考えたところで、ふいに声をかけられる。

「成治さん、新庄さん。夕食の準備が整いました」

「ああ! ほら、田島とか」

 ふすまの向こうから現れた田島に、天希はピンときた。だが彼を指さした途端に、成治はコントみたいにお茶を吹き出した。

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