忘れられていた特別な日
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 いつでも清潔な香りがする、しわのないシーツ。そこに身体を投げ出して、天希は小さく息をつく。
 玄関先でたっぷりともつれ合ったあと、そのまま風呂場へ流れて、そこでも三回くらいイかされた。

 伊上とのセックスは気持ちが良すぎて、天希はすっかり癖になっている。
 会えば必ず一回はする。否、一回で済んだことはほとんどない。しかしさすがに何度もすると、身体の疲労が尋常ではない。

 ベッドに転がってゴロゴロと寝返り打つのが精一杯だ。
 おかげで身体を洗うのも、着替えも、髪を乾かすのも、伊上にすべてしてもらった。しかし至れり尽くせりなのも毎回のこと。

「あまちゃん、大丈夫?」

「平気」

「そう、それなら良かった。今日も、すごく可愛かったよ」

「ぁっ、あんまり痕つけんなよ」

 ベッドの端に腰かけた恋人は、寝そべる天希の首筋にキスをする。きつく吸い付かれて、おそらくまた痕を残された。
 今日だけで相当数つけられている。いつもはそこまでではないのだけれど、天希は風呂場で自分の身体を見て驚いた。

 首筋や胸元、太ももまでかなりうっ血の痕が散っている。服を着たら見えない、ギリギリのラインなのが確信犯だ。
 とはいえ怒る気にもならず、許してしまっている。少しばかり甘えられている気がして、気分がいいのだ。

「やっ、ばか……あんまりそんな風に触るなよ」

「もう一回してもいいよ」

 じゃれつくように髪や頬にキスをしながら、伊上は大きな手を天希の身体に滑らせてくる。Tシャツの隙間に滑り込もうとするので、それは慌てて押し止めた。

「もう無理だって、すげぇ腰だるいし」

「ドライでイキまくったからね」

「そういうこと言うな! ……んっ」

 わざとらしく腰を撫でてくる伊上の手を叩くと、ふっと笑った彼は天希の唇をさらう。
 触れる唇のぬくもりに天希はうっとりとした。ゆっくりと、口の中を味わうように舌が這わされる。その感触にゾクゾクとして、腹の奥がキュンとした。

「えっ、や、マジで、無理だって」

「身体のほうはまだ足りないみたいだよ?」

 身体の上にのし掛かられ、首元に顔を埋められるだけで、少し前の感覚が戻ってくる。口は抗うのに、天希の身体はまったく抵抗できていない。
 すぐに吐き出す息が熱くなり、鼻先からは甘えた声が漏れた。

「も、もう出ないっ」

「出なくてもイケるよ」

「なん、で、今日はそんな、……しつこいんだよ!」

「あまちゃんが可愛くて仕方がないから、かな」

「あっ、んっ……や、触んな」

 逃げるように身体を丸めた天希だが、後ろから手を伸ばされて抱き寄せられる。首筋を甘噛みする伊上は、閉じようとする脚を割り開いて、股間を撫で上げた。
 もう張り詰めるほどにはならないが、天希のそこはわずかばかり反応している。

「あまちゃんの身体は本人に似ず、素直だね」

「無理、むり、だって。ぁっ、あっ」

「はあ、ほんと可愛いな」

「やっだ、も、イクっ」

 指先で撫でられているだけなのに、快感が込み上がってきて、天希は身体を震わせた。指を噛むとすぐに手を取られ、こぼれる声が止まらなくなる。
 さらには忍び込んだ手に、胸の尖りを引っかかれて、ますます甘い声が上がった。

「ぁっ、いまイったのに、……気持ちいいの、も、やだ」

「可愛い、泣いちゃった」

 繰り返し押し寄せてくる快感の波に、天希は足をばたつかせる。シーツを蹴り、時折背後の伊上を蹴りつけてしまうが、恋人はまったく行為を止めようとしない。

「伊上っ、や、変、身体、変っ」

 中に挿れられているわけでもないのに、腹の奥がじんじんとして、されている時のように気持ちが良かった。
 何度も身体をヒクつかせる天希は、自分を抱き寄せる恋人にしがみつく。

「あまちゃん、もうエッチなこと思い出すだけでイケるよ」

「ぁ、あぅっ、……またイクっ、やだ、やだ、いが、みっ」

「ああ、もう一晩中、啼かせてたいな」

「無理、壊れるっ」

 なおも刺激してくる、伊上の手を必死で掴むと、きつく擦り上げられてまた空イキさせられた。それでも涙目の天希が掴んだ手に噛みつけば、諦めたように手を離される。

「あまちゃん、怒った?」

 ぎゅっと手足を縮めて丸まった天希に、伊上は小さく笑う。そして髪を撫でて、機嫌を取るみたいにキスをしてきた。

「ごめんね」

「馬鹿」

「お詫びに明日は好きなもの食べに行こう」

「特上肉を食わせろ」

「いいよ。どこがいいかな」

 優しく頭を撫でる恋人は、天希の腰に腕を回し、ぴったりと寄り添ってくる。しばらく沈黙を貫いていた天希だが、背中に感じる体温に我慢ができなくなった。
 腕の中で身じろいで、後ろを振り向くと、すぐ傍にあるこの上ない好みな顔を見上げる。

「こないだ行ったところ」

「ああ、あそこか。わかった。予約しておくよ」

「うん」

「機嫌、治してくれた?」

「別に、怒ってねぇよ」

 覗き込んでくる伊上の視線から目をそらしながら、天希は口を尖らせる。
 たまにこうして強引なことをしてくるが、本当に嫌なことはしてこない。だから嫌だと言いつつも、怒るポイントが見つからなかった。

「そういえば来月、あまちゃん誕生日だったよね」

「ああ、うん」

「なにか欲しいものは?」

「うーん、いつもしてもらってばっかで、これと言ってないんだよなぁ」

 毎回会うたびに食事だ、買い物だ、と貢がれまくりで、いまさら浮かぶものがない。天希の正直な気持ちからすると、その日に傍にいてくれるだけで充分だった。

「そう、じゃあ、それまでに考えておいて」

「それより、あんたの誕生日はいつ?」

「……いつだったかな?」

「え? それマジで言ってんの?」

 天希の質問に少しばかり眉を寄せた伊上は、考え込むような素振りを見せる。そのまましばし待ってみるが、一向に答えが導き出されない。

「普通、自分の誕生日を忘れるか? え、いつだよ。すげぇ気になる。免許証は?」

「カードケースの中かな。って、あまちゃん。腰がだるいんじゃなかったの?」

 勢いよく起き上がった天希は、伊上をまたぎ越してベッドを飛び降りると、ソファに足を向ける。脱いだ上着を、彼がそこに放ったままだった。
 内ポケットに手を突っ込み、中に入っているものを無造作につかみ出す。

 スマートフォンと薄いカードケース。遠慮なしにケースのほうを開いて、免許証を探した。

「ゴールドだ。誕生日、四月? 今月末じゃねぇか」

「そうだったんだ」

「すげぇ他人事だな」

「そんなのいいから、戻っておいで」

「プレゼントは、なにがいい?」

 促すようにベッドを叩かれて、天希は二つを元の場所にしまう。そして足音を立てながら駆けて戻ると、広い背中に飛びついた。

「もうすぐで四十だな」

「おじさんでごめんね」

「なぁ、なにが欲しい?」

「んー、あまちゃんがお嫁に来てくれるなら、欲しいものは特にないかな」

「嫁って、親父くせぇな」

「結構本気なんだけどなぁ」

「それよりもっとほかにねぇの。あんたが喜ぶもの」

 なにもかも簡単に手に入れられる、そんな男に贈るものが自分だなんて、恥ずかしいにもほどがある。ぐりぐりと背中に額を擦りつけて、天希は小さく唸った。

「あまちゃんがこの先も僕と一緒にいてくれるなら、多くは望まないよ」

「そんなこと?」

「うん。傍にいてくれるなら、君のことはなにがあっても、ちゃんと僕が守ってあげる」

「あんまり格好いいこと言うな」

「惚れ直した?」

 振り向いた恋人に抱き寄せられて、腕の中に閉じ込められる。それだけで胸が高鳴ってやまなくなった。
 二人のあいだに見えない壁があるのだとしても、いまはなにも考えずに抱きしめられていたい。足りない言葉の代わりに、天希はそっと伊上に唇を寄せた。

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