初候*山茶始開(つばきはじめてひらく)

 食事というものは、日常に則している。と、暁治は思う。 逆に遊びに出かけたりするようなイベントは、非日常だろう。となると外食は日常と非日常の間にあるのかもしれない。「ただいまっ、七番目の兄者! 僕いつもの食べたい」「ここではマスターと呼べ末…

末候*楓蔦黄(もみじつたきばむ)

「おい、まだ着かないのか?」「もう少しだよ!」 そう請けあって、元気に坂道を登っていく朱嶺の背中を睨みつつ、暁治は彼に続いて重い足をまた一歩踏み出した。  ことの起こりはサツマイモ騒動のときのことだ。「はる! 見て見て!!」 七輪…

次候*霎時施(こさめときどきふる)

 しとしとしと。 朝から雨が降っていた。「この時期小雨が降るたびに、冬が近づくそうですよ」 いつも寛ぐ居間とは、廊下を挟んだ入り口側。元は祖父母の寝室だった場所を、暁治はアトリエとして使っていた。 反対側は縁側で日当たりもよく、オシャレなす…

初候*霜始降(しもはじめてふる)

 台風一過の翌日は、見事な秋晴れになった。 秋は台風の季節なのだが、ひとつ過ぎるたびに風が冷たさをまとう気がする。 久しぶりの休み、日課の庭を掃きながら、そんなことを思う暁治だ。 庭の落葉樹も色づいて、毎日のように庭掃除を促してくるのも趣深…

末候*蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)

 あなたはお兄ちゃんなるのよと、嬉しそうな両親を見て、嬉しさより先に覚えたのは、今から思えば寂しさだったように思う。 母親の産後の体調が悪くて、田舎にやられたときも、ずいぶん妹を恨んだものだ。体調が悪くなったのは妹のせいではないと、わかって…

次候*菊花開(きくのはなひらく)

 朱嶺の向かった先は幽冥界というらしいのだが、朱嶺のたどるルートはただの人間でしかない暁治は利用できない。「うつつと別の世の狭間には、緩衝材のような世界があって、そこから行くでござる」 暁治たちが暮らす世界、うつつと、それ以外にもいくつかの…

初候*鴻雁来(こうがんきたる)

 見上げると、空を群鳥が渡ってゆく。 この季節に飛ぶのは雁の群れだと、先日石蕗が教えてくれた。春に去って行った鳥が、つばめと入れ違いに戻ってくるのだ。 季節は夏から秋へ、そして冬に移り変わってゆく。光陰矢のごとし。一年も後少しで終わりだと思…

末候*水始涸(みずはじめてかる)

 休日の朝に早起きをすることが、随分と暁治の中で定着してきた。朝のラジオ体操に、一週間分の掃除、洗濯。早く起きなければ、自分の時間が取れない。もはや早く起きるのは必然と言っていい。 今日は以前、米を分けてくれた先輩教師の田中の実家で、稲刈り…

次候*蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)

 彼岸で季節の移り変わりを感じたけれど、日が増すごとに秋めいてくる。冷たい風が吹き抜けて、陽が落ちる時間も早くなった。 すっかり陽の暮れた空を見上げてから、暁治は家の雨戸を閉めて回る。風が冷たくなると、隙間から吹き込む風を感じやすい。凍える…

初候*雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)

 澄み渡る秋晴れの空。涼やかな風が吹き込む宮古家は大掃除の真っ最中。年末でもないのに、とぼやく声があるものの、家長の言葉は絶対だ。 彼岸に入り、祖父母とご先祖様の墓参りを済ませ、ふっと暁治の頭の中に思い浮かんだのがつい先日。常日頃まめに掃除…