忠告
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 白い外壁が目が覚めるほどに眩しい北欧風の建物。その佇まいはその一角だけ、日本であることを忘れてしまいそうな違和感。そんな建物の玄関先までタクシーを乗りつけ、俺はUターンに四苦八苦している運転手に向け、満面の笑みでひらひらと手を振った。

「おはよー」

 今日からスタジオとして使われることになっているこの建物へ、俺は緊張感の欠片もなくのんびりとした足取りで入る。しかし遅刻ギリギリの時間だというのに、にわかにざわめく周りはさしてこちらのことなど気にする様子はない。首を捻り周りを見回すと、俺はふいに浮かんだその姿を探し視線を動かした。

「戸塚さんおはよう」

「あ、月島くん」

 視界の隅に目的の人物を見つけ俺が足早に歩み寄ると、彼はこちらを見て優しげな笑みを浮かべた。

「……わっ、お、おはよう」

 そしてそんな戸塚の笑みに機嫌を良くした俺は、傍に寄るなり彼を抱きしめ両頬にキスをした。

「あ、相変わらず唐突だね」

「挨拶、挨拶」

 近頃毎朝の日課になりつつあるが、それでも戸塚はいまだに馴れないのか困惑した表情を浮かべる。けれどそんな表情がまた可愛らしくて、つい俺は日常よりも三割増しくらいの挨拶をしてしまうのだ。
 ああ、彼と新しい恋が出来たら良いのだけれど。
 歳の差も離れ過ぎではない程良い二個上。そして細身のスーツをすっきり着こなすスタイルの良さ。性格がそのままオーラになって現れている、優しげな顔立ちに可愛らしい笑顔。ものすごく好みなのに――。

「今日のシャツとネクタイも奥さんコーディネート?」

「え? ああ、まあ」

 女子供つきではそんな気持ちさえ萎えてくる。照れくさそうにはにかんだ彼の左手薬指に光る指輪が恨めしい。周りから節操無しだと言われることは多いが、既婚者だけはさすがにNGだ。人の物にまで手を出す気にはならない。

「ふぅん、そっか。相変わらず奥さんセンスいいよね」

 少々悔しいがこれは本音。そして更に悔しいことに、彼の愛する人は俺の目から見てもかなりの美人だ。しかも戸塚は自他共に認める愛妻家なのだ。
 おかげで戸塚とは随分長く一緒に仕事をしているが、恋愛対象から除外済みだったりする。そもそも彼は出会った時すでに結婚していたから、出会い頭に振られたも同然だ。ノンケは惚れても報われないと、教訓を覚えたのは彼に出会ってからだった。しかしそんな学習の甲斐もなく、再び好きになったのが想い虚しく振られたあの子だ。

「それより今日は騒がしいねぇ。俺の存在皆無なんだけど」

「あ、そうなんだよ。ちょっとモデルさん遅れてて、申し訳ないんだけどセッティングとか準備だけ先にしておいて貰っていい?」

「戸塚さんがそう言うなら」

 ふいに後ろを振り返った戸塚の視線につられその先を見ると、真っ白な室内に不釣り合いなごちゃごちゃとした機材が辺りに点在していた。

「仕事しますか」

 のんびりとそう呟いて背伸びをすれば、よろしくねと彼が嬉しそうに笑う。人の物だが当面は彼に癒やして貰おうと思った。

「おっはよー」

 とりあえず仕事始めにと、機材の搬入やセットの設営をしている若い子達を捕まえて、後ろから抱きついたりキスをしたりする。そうすると悲鳴と大きな笑い声がスタジオ内に響き渡った。これも最近では恒例となった光景。俺のストレス発散の一環だ。
 最初から諦めている子や乗りよく応えてくれる子。いまだに大袈裟なほど飛び上がる子と様々で、反応が面白い。しかしこんなことが楽しくて仕方がない俺は、すっかりセクハラ親父呼ばわりだが。

「ああ、楽しい」

「渉さん今日酒臭いっす」

「そう? ごめんごめん、一応これでも気にしてきたんだけど。おはよう瀬名くん」

 満足そうな俺と被害者達を哀れな目で見ていた男が、こちらを見ながら露骨に眉をひそめた。その表情にへらりと顔を緩めて俺は彼の頬に軽くキスをした。彼は諦め組なのでいつものようにさして気にせず、おはようございます、と小さく返事をする。
 瀬名は力仕事が専門だが、背の高さも相まってそれほど厳つさがないのがいい。生真面目そうな雰囲気と目鼻立ちのはっきりした顔立ちで好青年という印象。ただ、いい男だとは思うが正直それほど好みでもない。

「瀬名くんは今日も爽やかだねぇ。目も酔いも覚める」

 軽くそう笑えば、瀬名は大きくため息をついた。

「……ですよ」

「ん? なに」

 急にぼそぼそと話しだす瀬名に首を傾げると眉間の皺が更に深くなった。

「気をつけたほうが良いですよ」

「なにを?」

 今日は珍しくご機嫌斜めだ。言葉尻に苛々した雰囲気が感じられる。彼はこの若者集団の中の年長なので、いつもはそれほど感情的になることは少ないのだが。物珍しさでじっと瀬名の顔を見つめれば、顔が更に強張りだし怒りゲージが上がった気がする。

「自分の行動、気をつけたほうが良いですよ。本気にする奴もいないわけじゃない」

「……はは、まっさか。おっさん相手に本気も何もないでしょ。君と俺でさえ八つ離れてるんだよ」

 怒りの着地点に思わず目を丸くしてしまう。瀬名にそんなことを気にされているとは夢にも思わなかった。しかしこれでも相手は選んでいるつもりだ。初見で危なそうなのは最初から省いてる。

「歳とかそんなんじゃなくて、もうちょっと自分の見た目を自覚したほうがいい」

「あー、はいはい。気をつけまーす」

 笑ってその場を過ぎようとした俺の腕が力強く引かれて、後ろへ身体が傾く。数歩足を動かして何とか踏み止まりながら、腕を掴む手と俺を見下ろす顔を見比べた。

「ふぅん、ご忠告ありがとう。そういう瀬名くんが一番危ないのかな」

 切羽詰まったような顔をする瀬名を見上げ眉をひそめれば、日に焼けた肌からでもはっきりわかるほどその顔が朱色に染まった。

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