ライフ01

 眠りの狭間。漂う意識の隅で微かに戸を引く音がした。それは気配を消して、足音も立てぬようこちらに近づいてくる。けれど俺は夢現ながらも、その存在を確かに認識していた。

「あれ、起きてました?」

「起きてたんじゃねぇよ。起こされたんだ」

 ベッドの脇に立ったその人物を薄目で見上げれば、三木が目を見開いて驚きをあらわにする。だが俺が起きたのを知ると、立ち尽くしていた男は躊躇いがちにそっとベッドの端に腰かける。その重みでほんの少しスプリングが軋む。

「ごめんなさい。てっきり寝てると思ってたんで」

「……」

 ぼんやりとした視界に三木の姿が映った。コンタクトを外しているのではっきりとは見えないが、恐らくもう仕事へ行くのだろう。既にジャケットを羽織り身支度を調えていた。けれど跳ねた髪先は相変わらずだ。
 以前もう少し髪にも時間をかけろと言ったが、身繕いよりも睡眠の方が最優先だと開き直られた。

「なんだよ。仕事じゃねぇの」

「ちょっと顔だけでも見ていこうかと思ったんです」

 いまだ眠気が覚めない俺は、髪を梳き撫でる三木の手がむず痒く、小さく唸りながら布団を頭から被った。

「あ、酷い」

「うるせぇ、起こすなって書いて置いただろ」

 明け方まで仕事をしていて、こうして布団に潜り込んだのはだいぶ空が白んできた頃だった。普段は朝に三木が起こしに来るので、リビングのメッセージボードに絶対に起こすなと書いて置いた。
 いまこいつが仕事へ出る時間なのであれば、恐らくまだ七時かそれを過ぎた頃だ。

「一時間も寝てない」

「だから、起こすつもりじゃなかったんですってば」

「重い」

 覆い被さるように布団の上から抱きつかれ、くぐもった声で文句を言えば、布団の端から出ていた頭のてっぺんに唇を落とされた。

「最近、広海先輩の顔見てなかったから。ちょっと見たくなっただけ」

「……」

 そういえば最近は時間が噛み合うところが殆どなかった。
 こちらを見下ろしている視線を感じ、ほんの少しだけ布団の端から顔を出せば三木は嬉しそうに頬を緩めた。
 元々不規則なシフトの三木と、仕事の状況によって変則的に時間が変わる俺の生活は少々ズレていた。特に近頃は締め切りに追われた俺が殆ど家にいなかったり、今日のように明け方まで部屋に篭もって仕事をしたりで、こいつの顔を見るのは多分一週間ぶりくらいだ。

「お前どこで寝てた」

「え? んー、客間」

 俺の問いに目を瞬かせた三木はへらりと笑みを浮かべるが、俺は逆に眉をひそめた。客間と言えば聞こえはいいが、玄関横にあるあそこは殆ど物置だ。辛うじて使わなくなったソファがあるので、そこで寝たのだろう。
 よくよく考えなくとも二部屋しかないこの家で、隣のリビングにいなければあそこしかないのだが。

「どうしたの先輩……って、あ、そっか眠いのか。ごめん」

 眉間にしわを寄せたまま押し黙った俺が、眠くて不機嫌になったのだろうと勘違いした三木は慌てて俺から離れ立ち上がった。

「俺ね、今日は通しで帰り遅くなるんだけど。先輩はお昼から? おかずは冷蔵庫に入ってるから適当に食べてくれていいから、それと……」

 頭上でぶつぶつとなにか呟いている三木の声が聞こえるが、やはり頭は睡眠を求めているのかあまりよく聞こえない。しかし、俺は徐にすぐ傍の腕を掴んで引き寄せた。

「危ないって、先輩」

 いきなり腕を引いた所為か三木は慌てて体勢を立て直そうとする。けれどそれを無視して首へ腕を回すと、俺は何事かを呟いているその口を塞いだ。
 そしてそんな俺の行動に一瞬目を見開くものの、三木は押し当てた俺の唇を軽く甘噛みし、次第にそれを割りゆるりと舌を差し入れてくる。角度を変えて何度も口づけてくるそれにしばらく応えていたが、俺はなんの前触れもなく目の前の顔を押しやった。

「眠い、もういい」

「ええっ、そんな」

「帰って寝てたら起こせ」

 情けない声を上げる三木にそう言って、俺はそのまま布団を被って一分待たずに寝入った。