スペア03

「広海先輩、言って」

「は?」

「俺のこと好き?」

 眉をひそめた俺に三木は小さく首を傾げながら、人の心の内を覗くかのようにゆっくりと目を細めた。

「意味わかんねぇ」

 じっとこちらを見る視線に耐え切れずふっと目を逸らすが、立ち上がった三木が目の前に立ちはだかり逃げ場を断つ。居心地悪く身を捩れば、さらに背後の壁に両手を付かれ身の置き場が狭くなった。

「俺は先輩が好き。広海先輩は俺のこと好き? ねぇ言って、ヤキモチ妬くくらい俺のことが好きだって」

「……」

「答えるまでやめないよ」

 目も合わさず口を閉ざす俺に三木は珍しく小さな舌打ちをした。それに驚いて思わず顔を上げると、身体を押さえ込まれ顎を掴まれた。慌てて顔を逸らすが、再び唇が俺のそれに食らいつく。

「ざけんな、やめろ馬鹿! 俺は嫌だって言ってんだよ。その匂いなんとかしろよ」

 渾身の力で三木の身体を押し飛ばして、離れた隙に目の前にある顔を思いきり張り付けた。けれどそれに怯むことなく再び俺の腕を押さえつけ、口づけてくる。

「離せっ」

 鼻先を掠める匂いに苛々する。どうしようもないくらい胸のムカつきを覚えて気分が悪い。

「え? ……せ、先輩? あ、ごめんっ」

 無理矢理に顔を押し退けて睨みつければ、三木は途端に肩を跳ね上げて飛びのいた。そしてうろたえたような顔で目を見開き、まるで壊れ物を扱うみたいに俺の頬に触れる。

「泣くほど嫌だった?」

「泣いてねぇ」

 瞬くたびに零れるものが三木の手を濡らすが、それは見なかったことにした。

「ごめんなさい、ちょっと調子乗りました。広海先輩があんなこと言ってくれるとは思わなかったんで」

 すっかり酔いも覚めきったのか、口調がいつものように微妙な敬語に変わる。

「調子に乗ってんじゃねぇよ」

「あのっ、言い訳じゃなくて、さっきの子とはほんとになにもないですから。付き合ってる人いるって言ってあるし、その人以外は興味ないって断ったし。俺は広海先輩だけだから信じて」

 しゅんと萎れたように覇気をなくし、三木は半泣きもいいとこだ。しかしわざわざ言われなくとも、この男がよそ見出来るほど器用だとは思っていない。元々俺が苛ついてる原因はこいつじゃない。

「だったらさっさと風呂に入れ、臭くて苛々する」

 触れたくて仕方がないと思うのに、触れられないことがもどかしい。違う匂いをさせていることが腹立たしい。

「す、すいません。即行で入ってきます」

 なぜこんなにも腹が立って仕方がないのか。それは多分きっとこの男が――自分のものだと思うからだ。だからこそいままで疑うことがなかった。けれどいまこうして疑心暗鬼になるのは。

「……三木」

「ん? なに、広海先輩」

「お前にとっての俺はなんだ」

「え?」

 お互いの不安定な距離感。なぜ一緒に居るのか、なぜ俺は三木の手を離さないのだろうか。はっきり言って自分でもよくわからない。考えたこともない。

 しかし人の言葉に我に返る。

 自分にとってこの男は、本来ならば相容れない性格なのだ。けれど不思議なほど苦もなく傍にいられた。それは三木の言葉を借りるならば――嫉妬するくらいは好き、と言うことなのだろうか。

「えっと、こ……恋、人? ですよね? 俺だけ? 思ってるのって俺だけ? これって図々しい感じですか?」

「恋人、ね」

 いままで付き合おうと言われたことも、言ったこともない。好きだなんて俺は一度も言ったことがない。それでもこの関係はそう呼ぶのだろうか。

「えっと、じゃぁ飼い主と飼い犬?」

「……馬鹿だろうお前。ったく、眠いんだよ俺は、さっさと風呂入って寝るぞ」

 本当にこいつが犬ならば、長い尻尾が垂れて股の間に隠れてしまいそうな勢いだ。ため息混じりにそんなデカイ駄犬の首根っこを掴むと、脱衣所に引き摺り込む。

 俺達の関係性がどんなものなのか、深く考えるのはやはりやめることにした。ただ言えるのは、このしょぼくれた男は俺にとって代わりの利かない人間だということだけ。
 いまはそれだけわかれば充分だと思った。

[スペア / end]