コトノハ/04
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 思いがけない展開に、身動きできず立ち尽くしてしまう。
 それなのに恋人は、こちらの反応に慌てる素振りもなく、なんらいつもと変わらない顔をしている。

 ものごとを誤魔化したりしない人だから、やましいことは一つもないってこと、なのだろう。
 だとしてもこういう場面は、グサッとくるものがある。並んでいるのがお似合いなくらい、女の子が可愛い。

 顔ちっさ、ウエストも足も細っ!
 真っ黒な黒髪はさらさらで、瞳もこぼれ落ちそうなくらいに大きい。お人形さんみたいに全部が整っていて、先輩に負けず劣らず綺麗だ。

「広海ったら、お友達に買い物を押しつけてたの? ダメじゃない」

「うるさい、早く自分のところへ帰れよ」

「そんなだからお友達が少ないのよ」

 広海先輩に小言を言って、怒っている表情まで可愛いな。こうして見ると、やはり彼の隣には、可愛くて綺麗な子が似合う。
 絵になるというか、ごく自然。

「瑛冶、お前いま余計なこと考えてるだろう」

「だって」

 不満げに眉をひそめられるけれど、もう少しわかりやすく距離をとるとか、してくれてもいいのに。
 自分だって俺が女の子と仲良くしていただけで、機嫌悪くなったくせに。そういうところ、疎いよな。

「可愛いお友達さん、うちの広海がお世話になってまーす」

「う、うちの広海?」

「紛らわしい言い方すんな!」

「全然紛らわしくないでしょ? 本当のことじゃない。なにを珍しく怒ってるの? あらあらあらぁ、もしかしてお友達じゃなくて」

「さっさと帰れって言ってんだろう!」

「きゃー、図星ね!」

 二人のあいだで会話が繰り広げられて、割り込む隙がない。なにこの構図。俺ってお邪魔、って感じ?

「俺、帰ったほうがいいですか?」

「は?」

「先輩、珍しくはっきりしないね」

「なにがだよ。……っていうか、なに拗ねてんだよ」

「なんでわかんないかな! 俺が我慢利かないやつだって、一番わかってるの先輩でしょ!」

 疑問符を浮かべた顔をされて、さすがに腹が立った。
 浮気していると疑っているわけではないが、こういうのって、まざまざと現実を見せつけられる感じがして嫌だ。

 苛つきが増して、いますぐ立ち去りたい気持ちになる。
 それに気づくのは彼ではなくて、彼女。俺の様子を見て、広海先輩の袖を細い指先でつまむ。

「広海、わたしが言うことじゃないけど。誤解されてるんじゃない?」

「誤解? はっ? 誰がこんなババアと」

「ちょっと! ババアとは失礼ね!」

「あんたが若作りだから悪いんだろう!」

「そういうの、責任転嫁って言うの!」

「……帰るね」

 なんとなく堂々巡りな気もしたし、文句を言うのも嫌になってきた。八つ当たりみたいに、買ったものをくずかごに放り込んで、踵を返す。
 後ろでなにやら口論しているけれど、無視して歩いた。

「俺だって、怒ることあるんだからな」

 常日頃のほほんとしていたって、人並みの感情は持ち合わせている。
 前より少しマシになったが、それでもまだあの人は、ちょっと言葉が足りない。言わなくてもこちらが汲んでくれると、思っているのだろうか。

 頼りにして、もたれかかってくれるのは嬉しい。嬉しいが、それとこれは別だ。
 空気読めって言われたって無理。自分の見た目が平凡地味なの、結構コンプレックスなんだから。

 好きな気持ちは誰にも負けていない、そう思っても、肝心の彼の気持ちが揺らいだらおしまいだ。
 やばい、泣けてきた。

 花見で盛り上がっている中で、泣きながら歩く俺は、ひどく惨めだ。
 家に帰るのも嫌になってきた。

 いまあまり顔を合わせたくない。酷いことを言ってしまいそうで、少し前の浮かれた気持ちが全部、どこかへ行った。
 気持ちを疑うなと言われてはいる。それでも一寸先は闇、って言葉がある。未来は予測不可能だ。

「駄目だ、どんどんネガティブになってきた」

 どう見たって、あの子と一緒にいる彼は、楽しそうには見えなかった。そういう可能性がゼロなのは、わかっている。
 だとしても嫌なものは嫌なんだ。わかっていても言葉にして、伝えて欲しくなる。

「広海先輩の馬鹿、馬鹿、……もう嫌い、……になんてなれるわけない」

 大泣きしたい気分になって、とっさにしゃがみ込んでしまった。
 道の途中で、こんな図体のでかい男がうずくまって、邪魔なのは承知だが。本当に悲しくて、泣かずにはいられなかった。

 ざわめきがやけに耳について、人混みの中にぽつんと取り残された、迷子の子供のような気持ちになる。
 きっと家に帰ればいるだろう、くらいに思われている。追いかけてこないのは、面倒だって思っているからだ。

「俺って、そんなにうざい男なのかな」

 言葉って、大事だ。
 伝えてくれなくてもわかるなんて、嘘だ。

 それって単なる強がりで、わかっている男を演じて、満足していたかっただけ。誰よりもあの人のことをわかっている、そう思っていたかった、それだけだ。

「馬鹿なのは俺だ」

「ねぇ、君、大丈夫? 具合が悪いの?」

「酔っちゃったの?」

「え?」

 しばらくうずくまったままでいたら、ふいに背中を撫でられた。驚きのあまり肩が跳ねるが、覗き込むような気配を感じる。
 慌てて顔を上げると、女の人が二人。心配そうにこちらを見ていた。

「だ、大丈夫、です」

「泣いちゃうほど具合、悪かったの?」

「平気? どの辺で飲んでたの? 送ろうか?」

「えっ、いや、ちが、これは」

 少し年上に見えるお姉さんたちは、よほど心配してくれているのか。背中をさすって、頭を撫でてくれる。
 女性にあまり免疫がない俺からすると、恥ずかしいのと一緒に、ひどく緊張してしまう。

 自分の顔がじわじわと、赤くなっていくのがわかった。とっさに立ち上がって後ろに飛び退けば、二人は目を丸くして驚く。

「うわぁ、背が大きいね」

「何センチあるの?」

「百九十ちょっと、……あ、あの、平気です。俺、酔ってないです」

「顔色は悪くなさそうだね」

「はい、本当に、大丈夫です」

「そっか、じゃあ気をつけるんだよ」

 ぽんぽんと腕や背中を叩いて、彼女たちはあっさりと手を振って去って行く。しかしふと周りの視線に気づいて、声をかけざるを得ない状況だったのかも、と思う。

 酔っ払いだったとしたら、道ばたで吐かれても迷惑だしな。こんな人混みの中で、声をかけてくれた二人は優しい。

「だけど、声をかけてくれるのは、広海先輩が良かったな」

 遠ざかっていく、二つの背中を見つめながら、重たいため息が出た。探してくれないどころか、連絡一つくれないのだから、過ぎた願いだ。

「どうしよっかな。どこに行こう」

 明日は仕事だから、どのみち家に帰らなくてはいけない。とはいえやはり、まっすぐ帰る気にはなれなかった。
 誰か暇をしている人はいないだろうか。取り出した携帯電話を片手に、足を踏み出す。

「瑛冶!」

「えっ?」

 数歩踏みだしたところで、急に腕を後ろへ引かれた。それとともに聞こえた声に、俺はすぐさま反応した。
 振り向くと、どこか真剣な面持ちをした彼がいる。

 見上げてくる瞳を見つめ返して、なぜこんなに焦った顔をしているのだろうと、不思議に思った。
 黙っていれば、腕を掴む手に力がこもる。

「広海先輩」

「どこに行くつもりだよ」

「え? どこって」

 行き場がなくて困っていた、と言うのが正直なところだ。しかし求められている答えは、それと違う気がした。

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