コトノハ/06
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 駅前でタクシーを拾って、広海先輩を押し込んだ。嫌そうな顔はしていたけれど、気が引ける部分があるのか、大人しかった。
 そこにつけ込む俺は、なかなかに最低な気がする。だとしても早く、二人っきりになりたかった。

「お前、明日は朝早いんじゃなかったか」

「問題ないです」

「まあ、いいけど」

 すっかり諦めた様子の彼は、窓の向こうをぼんやりと眺めている。
 その横顔を見ながら、ふとこの人のことを知っているようで、知らないなと思った。普段はどんな付き合いがあるのかとか、家族のこととか。

 もう片手では足りないくらい一緒にいるのに。
 深く彼のことを知ろうとしていなかった気がする。こういうところがボタンの掛け違いを起こす原因、なのかもしれない。

「さっきの人、広海先輩のお姉さんかなにか?」

「え?」

「違った?」

「そう、だけど。なんでわかった?」

「完璧なくらい顔が整ってるところが、血のつながりだなって。というか、顔立ちとか似てたよね」

 冷静になって思い返せば、想像ができた。広海先輩と並んで、遜色ないほどの美人なんて、そうそういない。
 仲良さそうではなかったが、親しげだった理由も、うちの広海、っていう言葉にも頷ける。

 電話に出なかったのは、たぶん俺と話しているところを、見られたくなかったのだろう。職場でもからかわれるから、嫌なんだと言っていた。
 だとしてもすぐに教えてくれたら、あんなに苛立ちはしなかったし、悲しくなることもなかった。

「先輩って、ほんと一言が足りないよね」

 彼女の正体とか、電話に出なかった理由とか。一言二言で済ませられる内容だと思う。
 すっぱり言ってくれたら、今頃は花見を楽しめていたはずだ。

 とはいえちゃんと聞かずに、逃げた自分も悪いのか。もう少し待っていたら、先輩も言い訳できたかもしれない。

 そもそもこの人の周りにいる人間すべてに、ヤキモチを妬いていたら身が持たない。
 でも全方向に向かって、広海先輩は俺のものだって、言いたい時がある。これは俺の我がままなのだろうか。

「やっぱり帰りましょうか?」

「ここまで来て言うか」

 当初の予定通り、コンビニの傍でタクシーを降りて、隣に立つ恋人を見下ろした。俺の言葉に呆れたように肩をすくめたが、怒ってはいないようだ。

「適当にご飯を食べて帰るだけでもいいよ」

「……なに? お前、怒ってんの?」

「怒ってるように見えます?」

「いや、全然」

「元々そんなに怒ってないよ。悲しかっただけで」

「そうか」

 外灯の下に立って、しばらく沈黙が続いた。だがよく考えれば、ラブホまでの道のりを知っているのは、俺だけだ。黙っていたら動きようがない。
 そう思うものの、このまま本当に、家に帰る選択をしてもいい、そんな気分になっていた。

 先輩の言葉が足りないなんて、いまに始まったことではない。本人も申し訳なく思っているはずだ。
 それなのにつけ込みすぎではないか。

「瑛冶、行くぞ」

「え?」

 ふいに左手にぬくもりを感じて、先を促すように引かれる。

「どっちだ」

「あ、こっち」

 珍しい、先輩から手を繋いでくれるとか。
 そっと指を絡めたら、なにも言わずに握り合わせてきた。先ほどのお詫びのつもりだろうか。

 なんだかいじらしくて可愛い。言葉が足りなくても、甘いんだよな、やっぱり。

「広海先輩って、言葉が足りない」

「……またそれかよ。悪いとは、思ってる」

「足りないんだけど。それを差し引いても、甘いっていうか、優しいから、俺も先輩に甘くなるんですよね」

「それは責めてんのか」

「うーん、俺たちって、お互いに言葉が足りないってことかな」

 この人ばかりが悪いわけではない。毎回、問いただすことをせずに、最後までちゃんと聞こうとしない、俺も悪かったんだ。
 言わなくても大丈夫、わかっているから大丈夫って。そう言い続けてきたのは、ほかでもない俺。

「これからはもう少しだけ、歩み寄りませんか?」

「……ああ」

 二人で暮らすようになって、お互い少しずつ変わってきた。もう一歩踏み出すのも、そう難しいことではないだろう。
 隣で頷いた彼を見ていたら、今日のことを全部、水に流してもいい、なんて思えた。

「広海先輩はラブホ経験は、ありますよね」

「デリカシーないな、お前」

「だってまったく躊躇うところがなかった」

 日の暮れた道を歩いて数分。小綺麗なホテルに到着した。
 そわそわする俺を尻目に、先輩はさっさと部屋へと向かっていく。手慣れた様子に、少しばかりの嫉妬心が湧いた。

「くだらないこと考えてないで、さっさとシャワーを浴びてこい」

 カードキーで解錠した部屋は、大きなダブルベッドが主張するものの、シティホテルとほとんど変わらなかった。
 キョロキョロと室内を見回す俺に、ため息をついた先輩は、どっかりと二人掛けのソファに腰を下ろす。

「ねぇ、先輩」

「なんだよ」

「一緒に入りません?」

「は?」

「だってここ、お風呂が広い」

 バスルームを覗いたら、うちの倍くらいの広さがあった。マンションの風呂も広めではあるのだが、やはり俺たち二人が入るには手狭だ。
 しかしここはそんな気遣いは無用な、広々とした空間。

「一人で入れ」

「ええー! 俺、憧れなんです。恋人と一緒にお風呂」

 面倒くさそうな顔をされても、ここは引き下がらない。だがじっと見つめ続けると、視線をそらされた。
 ここは少し強引にいくか。

「こんな日じゃないと叶わないし、ね? 今日くらい、いいですよね?」

「さっきまで飯だけでいいって言ってたくせに」

「いざここまで来たら、ほら」

 傍まで行って顔を覗き込むが、思いきりそっぽを向かれた。なおもその顔を追いかけたら、背中を向けられそうになって、慌てて肩を掴む。
 まだスイッチが入っていないから、その気ではないのかな?

「せーんーぱーいー! たまにはいいでしょ?」

 完全に顔を背けられてかなりショックだ。それでもめげずに、無防備な首筋に唇を寄せる。
 やんわりと歯を立てると、小さく肩が震えた。……けど、抵抗しない。

 これは押すべし。

 彼の正面に回って、シャツに手をかける。ボタンを一つ、二つ、外してもされるがままだ。隙間に指先を滑り込ませ、くつろげた場所に顔を埋めた。
 ふんわりと彼の匂いが立ち込める。

「相変わらずいい匂い」

 背もたれに身体を押しつけて、少しだけのし掛かったら、片手に押し止められそうになる。

「このまましちゃう?」

 掴んだ手に唇を滑らせると、そらされていた顔がこちらを向いた。ほんのわずか熱が浮かんで見える瞳に、気持ちが揺さぶられる。
 なにか言いたげにしている口を塞いで、性急に身体をまさぐれば、俺の下で彼がジタバタともがき始めた。

「そんなに嫌なんですか?」

「……」

「んー、恥ずかしいだけ、かな?」

 シャツの上から胸の尖りを引っ掻いたら、伸ばされた手に服を鷲掴みにされる。ぎゅっときつく握ってくるそれが、可愛くてたまらない。

「そんなにしたら、袖が伸びちゃうよ」

「ぁっ、……や、めろ」

「先輩のここ、立ってきた」

 コリコリとした感触を指先で楽しみながら、リップ音を立てて顔や首筋にキスをする。時折きつく肌に吸い付くと、ぴくんと肩が揺れた。

「やばい、興奮する」

「馬鹿、もうちょっと、落ち着けっ」

「そんなこと言って、先輩もうキツそうだよ」

「やっ、……んっ」

 デニムがまた窮屈そうに膨らんでいる。そこを指先で撫でて、ファスナーを引き下ろした。
 身体は本人よりも正直だ。

「ちょ、待て!」

「嫌です。待たない」

 下着の端を引っ張って、形を浮かび上がらせているものを、露わにさせる。間を置かずに手を突っ込んで、それを扱いたら、腰が跳ねて掠れた嬌声が上がった。

「うわっ、可愛い声」

「ん……っ」

 俺の言葉に慌てたように口を覆った彼は、いつものように声をかみ殺そうとする。涙目で見つめられて、可哀想になるけれど、ますます泣かせたい気分になった。

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