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街角は恋をする

一緒に暮らすきっかけ02

 家具を選び終わったあと、別の棟にある食器売り場へ移動した。
 元より雑貨などが好きな自分は、陳列されている商品に目が釘付けだ。
 有名なお店が数ある中で、特に心惹かれたのは、少し素朴な印象がある食器たち。ぬくもりを感じさせる色や形が、すごくいい。
 ほかより小さな店舗だけれど、吸い寄せられるように近づいた。

「なんだか優しい感じがして、こういうの好きです」

「ゆっくり好きなだけ選んでいいぞ」

「はい」

 ピカピカに綺麗な食器も好きだが、味のある食器はそれとまた違った良さがある。これは手作りの商品だろうか。
 同じ形の茶碗でも風合いがそれぞれ違い、一つひとつに表情がある。辺りを見回すと、お店のパンフレットが置いてあった。

「工房で一個ずつ作ってるんだ。全国に二店舗しかないのか」

「ここで選ぶか?」

「素敵、なんですけど。ちょっとお値段が張るので、お茶碗だけにしようかな」

 手元を覗き込んでくる九竜さんに、参考価格が書かれた部分を指さして見せた。普通のお茶碗よりかなりお高い。桁がというほどではないが、気軽に何個もとは言えない値段だ。

「大事に扱えば、何年でも使える。値段はあまり気にするな」

「……何年も、一緒にいられるんですね」

「まさかいまから、出て行く算段をしているのか? あんたを手放す気はないと、前から言ってるだろう」

「思ってなんかないですよ! 逆に飽きられたら、どうしようって」

「そんなことは起きないから、安心しろ」

 ふいに伸びてきた手が、肩を引き寄せる。抱き寄せられて、胸元に納まると、嬉しさとともに安心感が胸を満たす。
 こんなに傍にいて心が落ち着ける人、きっともう二度と出会えない。繋がった縁を大切にしなくちゃ。

「お茶碗、どれがいいですかね。九竜さんは、どの子が好きですか?」

「俺はあんたが好きだな」

「もう、そういうことじゃないです」

 やけに真面目な声で、そんなことを言われると、耳にまで熱が移る。傍にある顔を見上げれば、どこかからかうような目で笑っていた。
 反応を楽しまれている。それがすぐにわかるが、嫌な気持ちにはまったくならない。それどころかますます顔が熱くなる。

「どんなものをお探しですか?」

「あ、えっと茶碗を」

「夫婦茶碗をお探しでしょうか」

「できたら似た風合いの、同じサイズのものが、欲しいんですけど」

 しばらく陳列されているものを眺めていたら、店員さんが声をかけてくれた。あまりにも悩みすぎていた、かもしれない。
 にこにこと笑う年配の女性に、いくつかの候補を指さすと、さらに彼女の笑みが深くなる。

「新婚さんですか? 仲が睦まじくていいですね」

「新、婚! いえ、その」

「これから一緒に暮らすんだから、似たようなものだろう」

「く、九竜さんまで」

 思いがけない誤解を解こうと思うのに、追い打ちをかけるみたいな言葉で、否定ができなくなった。
 自分の見た目がどうとか、考えるよりも恥ずかしさが先に立つ。仲睦まじいと言われるのは嬉しいけれど、どんな反応を返したらいいものなのか。

「あらあら、ごめんなさい。綺麗なお嬢さんだと思って、つい」

「大丈夫です。よく間違えられるので」

「失礼のお詫びに、茶碗に小皿をおまけにつけますよ」

「そんな、こんなにいい品物をおまけとか」

 小皿一枚もそれなりに値段がする。それをおまけとか申し訳なさすぎて、自分の見た目が恨めしくなってしまう。
 とはいえ気持ちを無下にするのも気が進まない。

「茶碗とは別に平皿を買えばいい。ここで断るより、少しでも売り上げに貢献するほうがいいだろう」

「そう、ですよね」

 ぐるぐると悩んでいたら、九竜さんは近くにあったお皿を指し示した。茶碗と同じ色合いの、普段使いできそうな大きさ。

「どちらのお色にしましょう」

「えっと、この藍色がいいです。九竜さん、いいですか?」

「ああ、構わない」

「こちらでしたら、茶碗の在庫がほかにもあるので、ご覧になりますか?」

「ぜひ、見せてください」

 やはり一点ずつ微妙に色が違うらしく、店舗の一角にあるテーブルで、待たせてもらうことになった。
 夫婦茶碗は大きいのと小さいのが、セットだと思い込んでいたけれど、いまどきは組み合わせ自由自在とのことだ。

「このあとはどうしましょう」

「そうだな。部屋のカーテンでも見に行くか。この近くに以前作ってもらった店がある。寸法は記録があるそうだ」

「そうなんですね。あのお部屋、ずっと使っていなかったんですか?」

 引っ越しするにあたり、九竜さんはわざわざ一部屋、僕のために空けてくれた。元よりほとんど使っていなかった、という話なのだけれど。
 あの家の間取りは、ファミリータイプの3LDK。主に使っているのは寝室と書斎、一人で暮らすには広すぎる感じもある。

 もしかして将来の結婚も視野に入れていたとか?

「竜也、おかしな顔になってるぞ」

「え?」

「眉間にしわを寄せて、どうした?」

「九竜さんは、結婚とかに」

「願望はまったくないな」

 言い終わる前に被せる勢いで言葉が返ってくる。その早さに驚いてしまうが、少しほっとした気持ちになった。
 この先、素敵な女の人に出会って心変わり、してしまう心配はいまのところなさそう。

「また余計なことを考えてたんだな。あの家は親の仕事関係で買ったから、広さに意味はない」

「気持ちを疑ってるとかじゃないんですよ。なんていうか、確認して安心したいだけというか」

「あんたは愛され慣れてなさすぎる」

 そっと頬を撫でられて、胸がドキドキとした。一つひとつの仕草、眼差し、どんな些細なことも、何度繰り返されても胸が高鳴ってしまう。
 それでもこの人は一度も呆れた顔をしなかった。困ったように苦笑いすることはあるけれど、そのあと必ず優しく撫でてくれる。

「お付き合いが長続きすること、あまりなかったので」

「結婚生活は?」

「えーっと、二年くらいです。お見合いだったので出会って三ヶ月の、スピード婚ってやつでした。交際も最長半年くらいです」

「半年か。そろそろ俺たちもそのくらいだな」

「九竜さんは懐が広いですよね。僕みたいなのといても、イライラしないし」

 これまでの経験を振り返ると、心苦しさが浮かぶ。やることなすこと、空回っていたように思える。
 それに比べて九竜さんのスマートさと言ったら、自慢してしまいたくなるくらいだ。

「あんたは少し天然気味だから、もたれかかるには少し頼りないかもしれない。あと出会ってきた相手と、相性も悪かったんだろう。世話焼き女房タイプだったら、もう少し長続きしていたかもな」

「もう少し、しっかりした大人になりたいです」

「恋愛下手なだけで、社会人としてはしっかり大人だろう。ほら、そんなことより、どれがいいんだ?」

 励ますように背を叩いてくれた九竜さんは、目の前に並べられていく茶碗へ、意識を引き戻してくれる。
 優しい色合いのそれらを見ながら、いつかは彼のことを癒やしてあげられる存在になりたいと思った。

 鈍くさい自分になにができるかと言われれば、悩ましいところではあるのだが、一緒にいて楽しいなって思ってもらえたら嬉しい。

「早くこのお茶碗でご飯が食べたいですね」

「あんたの料理を食べる日が増えると思うと、待ち遠しいな」

「料理だけは自信あります。いっぱいおいしいもの作りますね」

「ようやくあの広いキッチンが飾りものでなくなる」

「色んなことが楽しみになってきました」

 生活が変わるなんて何年ぶりだろう。九竜さんと出会ってから新しいことがいっぱいだ。
 幸せって何気ないことなのだと、教えてもらっているみたい。いままでが不幸せだったわけではない。それでもいまの幸せは倍くらいの体感がある。

 お揃いの茶碗を前に、いまから始まる時間にわくわくした。

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