第25話 二人で城下町デートへ

 木々の葉が秋色に染まり落葉し始めた頃、遠征から戻ったリューウェイクの元へ吉報が届いた。
 時空転移魔法が確実なものになり、召喚魔法自体の完成度も格段に上がったとのことだ。

 これまでも転移魔法は存在していた。祈りの塔の魔法陣などが良い例だ。
 しかし今回はそれとは少し違う。魔法陣が相手側になくとも、時空が越えて届けられる。

 時間と場所を指定し、過去と未来へ手紙などの物質を破損なく転移ができた。
 異世界への転移は、これから物質を用いて実験を行うようだ。雪兎や桜花に手伝ってもらい、彼らのもっとも近しい者へ手紙を送るらしい。

「良かった。このところ行き詰まっているようだったから心配していた。君たちの努力に敬意を、本当に感謝している」

 研究棟へリューウェイクが顔を出すと、皆、喜びに満ちた表情を浮かべた。
 期待に応えられたのはもちろん、時空転移魔法の確立は研究者、魔法使いのみならず、国にとっても大きな功績だ。

 研究が進んで民間まで普及すれば、国の様々な発展に役立つだろう。

「君たちの功績は公式な成果として発表し、称えなくてはいけないな」

「殿下、我々はの方々を元の世界へお戻しし、貴方さまへ幸福を捧げたあかつきには、女神さまより大いに称えられると信じております」

「私どもは殿下の幸福のため、これからも尽力を続けて参ります」

「それは」

 研究室筆頭の魔法使い、研究室長――二人は目の前で恭しく頭を下げる。
 彼らの言葉に含まれる想いや意味を悟り、リューウェイクは言葉に詰まった。

 まさか第三騎士団の者たちだけでなく、研究室の面々まで同様に考えているとは思っていなかったのだ。
 おそらく当初は違ったのだろう。近頃の距離感や互いの心の変化が周りへ伝わっている。

 これまではリューウェイクも雪兎も、相手の気持ちと現実的な部分で悩んでいた。
 しかし周りに耳を傾けるようになると、リューウェイクの自由を望む声が多く聞こえてきた。

 雪兎も神殿に足を運ぶ回数が増えて、なにやら祈りの間に篭もっているようだ。

 女神を脅迫してでも――と言っていたので、もしかしたらなにか交渉をしている可能性がある。
 今回の秋の遠征もついて来ず、神殿に入り浸っていたようだ。

 傍にいる者たちの声を聞くまでずっと、リューウェイクは自身の現状を訝しんでいる人がいると、微塵も思っていなかった。
 仕方がない、当たり前の現実として認識しているのだと、思い込んでいた。

 実際はただ、彼らは声を上げられなかっただけなのだ。
 上げたところで相手は国の頂点にいる人物たち。リューウェイクでさえ変えられない現実に対し、なにができようか。

「殿下、必ずや異世界への道を繋いでみせます」

「ありがとう。期待している。だがまずは少し休息したほうがいい。英気を養い、ひとときだけでも、心を休めることをおすすめする。君たちはしばらく家へ帰っていないだろう?」

 ケインの話では遠征期間中、彼らは研究室に篭もりきりだったと報告を受けている。

 城にいるあいだは、リューウェイクが気にかけて帰宅を促しているが、ケインはそこまで面倒を見てくれない。
 効率重視なので集中を切るくらいならいっそ、と逆に尻を叩くだろう。

 魔法使いの彼は雪兎よりわずか年上なだけでまだ若いものの、室長は初老なので体を酷使させるのは可哀想だ。

「うまいものを食べるも良し、家族に贈りものをするも良し。自由に使ってくれ」

 後ろに控えていた侍従に視線を向けると、彼は重みのある革袋を室長へ差し出した。
 ハッとした表情を浮かべたけれど、彼は深々と頭を下げ、両手で袋を受け取る。

「いつも心遣い、ありがとうございます」

 一つ成功の成果を上げるたび、リューウェイクは彼らにささやかな褒賞を与えている。
 それでなくとも反対の声が上がる中での研究だ。

 言葉で感謝を伝えるのは当然で、彼らの気持ちを維持し、ねぎらうためにも形が必要だろうと思っている。

「三日はゆっくりと」

「いえ、三日後には再開したく存じます」

「あまり根を詰めるなよ。私が言えた義理ではないが」

 生真面目な顔を向けてくる彼らに、リューウェイクが少しばかりおどけて見せれば、一瞬だけ驚いた顔をしてから、あちこちから忍び笑いが聞こえてきた。

「また吉報を待っている」

 肩の力が抜けた様子に満足し、リューウェイクは研究室をあとにする。

 聖女召喚が行われた祈りの塔にほど近い場所にある建物は、何年も使われずに放置されていた場所だが、リューウェイクが手を入れて改築した。
 食堂はもちろん各々が休む部屋も用意されている。

 建物の維持から研究費、携わる者の給金に至るまでリューウェイクの私財が投じられているのを、その場にいる者は全員、知っていた。
 だからこそ若き主人の期待に応えようと心を一つにしている。

 そんな者たちは皆、リューウェイクが冷遇される理由に、薄々気づいていた。

 

 研究棟を出たリューウェイクは、このあとの予定について考えていた。
 書類整理をしてもいいし、騎士団へいって留守中の確認をしてもいい。

 けれど後ろに控えていた侍従が、すっと差し出してきた手紙で、今日の予定が決められてしまった。
 手紙の差出人はケインだった。

 遠征より帰還したばかりなので、本日は執務室と騎士団の出入りを禁ずる、というものだ。
 私服に着替えたのち、十の刻までに正門に向かうべし、とも書かれている。

 首をひねりつつリューウェイクが懐中時計を見れば、九時を過ぎたところだ。
 指定の十時まではもう少しなので、すぐに部屋へ戻り着替えなければいけない。

「ケインさんの考えはよくわからないが、言いつけを守らないとあとが怖いしな。今日は仕事をせず、外へ出ることになりそうだ」

「かしこまりました」

 手紙を懐にしまい侍従へ告げると、ほっとした表情が垣間見えた。

 渡された時、ケインになにか言われた可能性がある。あの圧で言い募られたのなら恐ろしい思いをしただろう。
 労をねぎらい肩を叩くと、リューウェイクは行き先の変更をした。

 自室へ戻り、メイドたちに着替えを頼んだら、侍従がなにやら耳打ちをした途端に彼女たちの目が輝く。
 どこかで見た反応だが、深く考えるのをやめてリューウェイクは身を任せた。

「素敵です殿下!」

「さすがは我らが殿下!」

 支度を始めて数十分。鏡の中にはメイドたちにはやし立てられ、苦笑いを浮かべたリューウェイクが映っている。
 今日はあまり城下で目立たぬよう色味も控えめな衣装だ。

 ドレスシャツにシンプルなリボンタイ。
 金ボタンがついた、淡いブロンズ色のロングジャケット。
 暗褐色のベストと同色のトラウザーズに足元はショートブーツだ。

 かなり砕けた印象なので、衣装だけ見れば裕福な家の子息だろう。
 だがリューウェイク自身も、自分の顔立ちが平民に馴染む部類でないと理解している。

 なるべく目立たないように、が主題なのだ。
 最後に顔立ちを誤魔化す、大きめの丸眼鏡と帽子を被って完成となる。

「いってらっしゃいませ!」

 満足感で頬をつやつやとさせたメイドたちに見送られ、リューウェイクは正門へと急いだ。
 待ち合わせ場所にいる人物はすでに予想がついている。

 おそらくもう待っているはずなので、大人しく用意されたお忍び用の馬車へ乗り込み、懐中時計に視線を落とす。

「ギリギリだな」

 時計の針はあと数分で十時になるところだった。
 宮殿から正門まで馬車でも五分ほどかかるので、遅刻といかないまでもギリギリの時間だ。

 気になって窓の外を見れば、正門で門兵と向かい合い会話をしている姿が見えた。

 青みがかった灰色のジャケットと煉瓦色のベスト。
 濃色のシャツとトラウザーズを合わせているのが洒落た印象だ。

 しかしリューウェイクが目を引いたのは服装よりも、雪兎の髪色だ。
 緩く波打つ金茶色の前髪は、舞踏会の時と同じく、片側だけ後ろへ流している。

 人違いかと一瞬思ったが、近づけば見間違いではないとわかる。
 驚きのあまり馬車から勢いよく飛び降りると、リューウェイクは雪兎の傍へ駆け寄った。

「ユキさん、その髪と瞳、どうしたの?」

「幻視を使える魔法使いに頼んで変えてもらった。似合うか?」

「まあ、ユキさんはどんな色も似合うだろうけど」

 やんわりと細められた瞳は海の底を思わせる濃い青色で、顔かたちは雪兎で間違いないのにひどく違和感がある。
 どこをとっても整っているので似合っているが、リューウェイク的には落ち着かない。

「桜花には違和感が酷くて気持ち悪いって言われた」

「え? さすがにそれは酷い、かな」

「あんまりだろう? でもリュイも嫌かもしれないからって、これ」

「なに?」

 苦笑した雪兎は、そっとリューウェイクの右手を取ると、薬指に白金の指輪を通した。
 細身の指輪には細かな文字が刻まれていて、魔力を帯びているのがわかる。

 なんの効果があるのかわからず、リューウェイクが俯けた視線を上げてみれば、目の前の雪兎がいつもと変わらぬ色合いになっていた。

「これでリュイには幻視の魔法が効かない。ついでにリュイの見た目も変えてみた」

「そうなの? 何色?」

「濃紺色の髪に緑の瞳って言ってたな。うん、これはこれで可愛いが、いつものリュイのほうがやっぱりいいな」

 雪兎も同様の指輪をつけていたのか。
 いったん外してリューウェイクをまじまじと見るものの、それだけで満足したようですぐにはめ直してしまった。

「いつもの色が見えるのは俺たちだけだ。気づく人もいるだろうが、のんびりデートしよう」

「デート?」

「そう、恋人同士が仲良く出掛けるのをデートって言うんだ」

「恋、人……」

 面食らうリューウェイクへ、雪兎はにんまりとした笑みを浮かべた。さらにはさっと手を取ると、駐まっていた馬車へとさりげなくエスコートをする。
 はたと気づく頃には、隣に座った雪兎に手を握られた状態のまま、馬車は城下へ向けて出発していた。