第24話 第三騎士団の総意

 ケインが来てしばらく経った――仮とは言えど、補佐官としてきてくれた彼のおかげで、リューウェイクの執務はこれまでの数倍、捗っている。
 なんと言っても事務官が常時四人もいるのだ。

 彼らはボルフェルタ辺境伯領の人間なので、将来そこへ籍を置く予定のリューウェイクに、とても好意的で仕事がしやすい。

 暇ではないと言っていたケインも朝は必ず顔を見せ、一日の業務を確認してくれる。
 下へ対する仕事の割り振りから、リューウェイクの予定管理まで、きっちりこなしてくれた。

 やって来るのが、多くても朝昼晩の三回程度とは言っても、ケインは騎士団の業務も抱えているのだ。
 騎士団も見習い騎士から部隊長まで、ケインの世話になっていない者は一人もいない。

 ふと自分など、彼の足元にも及ばないのではないか、とリューウェイクが呟くと――

「いやいや、リュークはこれまで、五人いてようやく正常に回る仕事を二人だけでこなしてきたんだ。ケインの能力は間違いなく優れているが、あいつは人を使うのが上手いんだよ」

 午前の執務を終わらせて、やって来た鍛錬場。
 部隊の指導をしながら、リューウェイクの話を聞いていたベイクが苦笑いを浮かべた。

 リューウェイクの見習いの頃、すでに部隊長になっていた彼は、色々な場面を見てきている。
 ケインが第三騎士団に入った時も、面倒を見たのはベイクだったらしい。

「あれは要領がいいとも言うな。元々あいつは人を従わせるのに長けてるし。黙ってると大人しそうで綺麗な顔をしてるが、笑ったまま圧力かけて凄まれるとビビるやつが多いからな」

「確かに、笑顔が綺麗すぎて恐ろしい感じ……あるな」

「だろう? まあ、なんにせよ。ケインが采配してくれるなら、かなり楽になるな。みんなお前の身体を心配していたんだ」

「そうなのか。それはなんだか申し訳ないな」

 王族としての執務と副団長としての仕事。
 どちらも偏りがでないよう、上手くやってきたつもりのリューウェイクだが、結局ここでも周りが見えていなかったと気づかされる。

 騎士団の仕事は、小さな判断ミスで怪我をする場合もあるのだから、視野は広く持たなければならない。
 平和な毎日の中でも、こうして日々鍛錬を欠かさないのは、民を守るだけではなく自身を、いては仲間を守ることに繋がる。

「こらこら、また自分が至らないとか思ってるなら勘違いだ」

「え?」

 俯き気味になっていた、リューウェイクの額をベイクの人差し指が押し上げる。
 疑問符を浮かべる後輩の顔に彼は呆れたような、仕方ないと言わんばかりのため息をついて、今度は突然、頭を撫でてくる。

 これまでいくら気心が知れていても、こんな風に頭を撫でられた経験がなく、リューウェイクは目を丸くする。
 間の抜けたその顔を見たベイクは吹き出すように笑った。

「団長が言ってたけど、いい意味で隙ができたな。以前はどれほど気安く接していても、さすがに恐れ多くて頭なんて触れそうになかったけど。うんうん、いい感じだ。これからもこの調子で俺たちに弱みを見せて、大いに頼ってくれ」

 ぽふぽふと犬猫でも撫でるように頭に触れるベイクは、目を見開くリューウェイクに向け、いつもと変わらぬカラッとした笑みを浮かべた。

「いいか、リューク。ここにいるやつらは確かにお前を王弟殿下として敬っている。それでもお前は俺たち第三騎士団の副団長であり、俺たちの仲間。そして俺たちの家族だ」

「家族」

「そうだ、だから俺たちはみんなお前を心配するんだ。そもそも家族なんてものは血の繋がりはすべてじゃない。まったく血の繋がらない者同士、一つの場所に集まって過ごすだけで家族の絆は生まれるもんだ。俺たちはいくつもの時間を一緒に過ごしてきただろ?」

 鍛錬場に響く騎士たちのかけ声。剣を打ち合い響く音。
 見習いの頃から毎日毎日、同じだけ苦労をして同じだけ笑って、たまにからかい合ったり慰め合ったり。

 戦場で心を一つにして戦う頼もしい仲間たちは皆、いつだってまっすぐにリューウェイクへ向かって手を差し伸ばしてくれた。

「あーっ! 部隊長、副団長を泣かしたぁ」

「ちょっと、なにしてんですか!」

「今日の罰当番はラドイン隊長っすよ!」

「なにを言う! これは、あれだ、感動の涙だぞ! 俺はいまいい話を」

 これまでのリューウェイクは、彼らの前で思わず泣きそうになるなんて、恥ずべき真似はしてはならないと――
 いつだって自分は揺るぎなく立ち、王族として弱さなど欠片も見せてはならないのだと思ってきた。

 確かに相手に弱みを見せるのは、避ける必要があるけれど、なにげない日常の中で仲間たちと泣き、笑い合うのは恥ずべきものではなかったのだ。

「部隊長に反省文を要求します!」

「なんだとぉ、貴様らはなぁ」

「それとも、禁酒しますかぁ?」

 子供みたいにはしゃいで、バカ騒ぎをする彼らを見るのが楽しいと感じる反面、リューウェイクはずっと羨ましくも思っていた。
 だというのに、兄王グレモントの〝公人はわきまえるべき〟という一言に縛られて、自分を律することを止められなかった。

 だがどうだろう。
 ほとんど見向きもしない、血の繋がりで兄だという人の言葉より、苦楽を共にして歩んできた人の言葉が大切ではないか。

「リュイ、楽しそうだな?」

「ユキさん?」

「いますごくいい顔で笑ってる」

 ふいに後ろから腰を両腕で抱き寄せられ、振り向くと頬に温かなぬくもりがすり寄る。
 驚くリューウェイクに、やんわりと目を細めた雪兎は、小さな口づけをこめかみに落とした。

「第三のみんなはリュイをとても大切に思っている。いつだって君の幸せを願っている。リュイは素晴らしい仲間がいるな」

「うん。わかっているつもりで、わかっていなかった。ユキさんが来てから、気づかなかったこと、知らなかったことがたくさんあるってわかったよ」

「そうか、俺を喚んだ女神に少しは礼を言ってやってもいいかもしれないな」

「ふっ、女神さまにそこまで上から目線。ユキさんだけだよ」

「喚ぶだけ喚んでサポートが薄いからな。愚痴くらいは言わせてくれ。だがリュイをこうして抱きしめられる俺は幸せだ」

 帰還するまでにリューウェイクを口説く、と豪語する雪兎は近頃、少しも自重しない。
 ぎゅっと抱きしめる腕に力を込められ、リューウェイクは恥ずかしさでほんのり頬を染める。

 いつもよりいとけない笑みを見た雪兎は、至極優しい微笑みを浮かべた。

「ユキトさま! 聞いてくださいよぉ」

「うちの部隊長がぁ」

「お前ら! そう言いながらユキトを鍛錬に巻き込むな!」

「ははっ、リュイ、ごめん。ちょっとだけ行ってくる」

「ああ、気をつけて」

 わっと団員たちに周りを取り囲まれたかと思えば、雪兎はあれよあれよという間に、鍛錬場へ引っ張られていった。
 片手を振ってくる彼に、リューウェイクも笑みを浮かべて振り返す。

 一対一ではなかなか勝ち目がない雪兎なので、いつも片寄りすぎた団体戦が始まる。
 それでも本人が楽しそうにしているため、リューウェイクは無茶がない限りは止めない。

 最近は少し回数が多いものの、団内の士気は高まっていた。

「まったくあいつらときたら。認めてるくせに突っかかる」

「認める? ベイクさん、それはどういう意味だ?」

 鍛錬場で盛り上がっている雪兎と団員たち。
 彼らの様子に肩をすくめるベイクに、リューウェイクが首を傾げれば、雪兎を示した指がゆっくりと鼻先へ向けられた。

「あいつらは全員、ユキトが帰る時はリューク、お前を連れて帰ると思ってる」

「えっ?」

「いや、むしろそれを望んでる。副団長の伴侶は強い男でなければ、とか言ってるが、単にユキトとの時間も楽しみたいんだろうよ」

 ふと勤務初日に執務机を運び込んだケインが、雪兎へ告げた言葉を思い出す。
 あれは軽口だとリューウェイクは思っていたが、ケインどころか第三騎士団の総意だったわけだ。

「なぜ」

「リュークがいなくてもなんとかなる、とかじゃなくてな。このままお前が一人きりで生きていくのを見るくらいなら、見えない場所でも幸せに暮らしてくれたらいいって思うだろうさ」

 自分たちはリューウェイクのおかげで幸せを甘受し、安穏と暮らしているのに、大事な仲間――家族――が苦しみの中に立たされている。
 見ているだけなのが辛い。

 だとしたら遠く離れた場所でも、会えないとしても、幸せが約束された場所で生きてほしいと願う。
 もしも彼らの立場に自分が立ったら、確かにそう思うとリューウェイクは気づかされた。

「ノエルの件は残念だった。だがこれからあいつはあいつの道を行く。だからリュークはリュークの幸せを選び取れ。俺たちもお前の志を胸にしぶとく生きる」

 遠くまで響き渡るかけ声、快活な笑い声。
 打ち合う剣の音、舞い踊る魔法の軌跡。

 そして振り向いた彼らの眩しいほどの笑顔――どれも手放すのが辛くとも、しっかりと自分の頭で考えて、心と向き合い。
 偽りのない答えを導き出す時が近づいてきた。