そこにはちゃんと理由はあるんだ
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 俺たちの話を聞いていた鶴橋は小さく息をついた。けれどもっと気分を害した感じになるかと思いきや、見た限り冷静そうに見える。とはいえ、この数時間で見慣れた眉間のしわは健在だ。

「やっぱりこれは嘘、だったんですね」

「あ、うん。嘘つきました。すみません」

「そんなに嫌でしたか?」

「……嫌って言うか、俺はどうしてもノンケとは付き合う気がしないんだ。あ、これって嫌ってことなのかな」

 じっとまっすぐに見つめてくる視線に、ぽつりと言葉を紡ぐ。俺だってなにも頭ごなしに嫌だって言っているわけではないのだ。そこにはちゃんと理由がある。

「二人みたいな相手と付き合ったことはあるよ。ノンケと付き合ったこと何回か。まあ、あんたたちみたいに顔面偏差値がいい男じゃなかったけど」

「それじゃあ、どうしていまは駄目なんですか」

「俺みたいに男しか駄目ってわけじゃないからだよ。選択肢がある。もしもの時に、選択を間違えたって、簡単に引き返してしまうからだ。みんなそうだった。最初は特別なことに夢中になるけど、いざ冷静になると簡単に手のひらを返す」

 目新しいことには夢中になるけど、人生の選択に迫られると常識を選ぶ。この世の中の当たり前を選ぶんだ。
 それに怒りはしないけれど、諦めの気持ちは湧いてくる。元から異性愛者とはうまくはいきっこないんだって。俺がどんなに好きになっても、相手は一時の熱に浮かされてるだけ。

「だからもう俺は、そういう無駄な恋愛するのはやめたんだ。平凡で、顔も見た目もいいところない俺が、相手を選ぶなんておこがましいかもしれないけど。将来に見込みのない恋愛はしたくない」

 同じ性癖の相手とだってなかなかうまくいかないのに、価値観が違う相手となんてもう無理だ。そこまで俺は強くない。もう傷つきたくないと思うのは当然だ。

「笠原さんは、とても素敵な人ですよ。いいところがないなんて言わないでください。自分はあなたをずっと見てきました。正直言うと、そんな軽薄な相手と自分を一緒にはして欲しくないです」

「あのさ、鶴橋さんはいつから俺のこと知ってんの?」

「高校三年の、職場見学を覚えていますか?」

「え?」

 それは思いがけないほど前だ。とっさに思い出せなくて、思わず鶴橋の顔を見つめてしまった。

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