この痛みも感情もすべてがきっと間違いだ
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 多分誰が見ても綺麗だと称するだろう人。まつげに縁取られた瞳は黒目がちで、厚みのある唇はひどく色っぽい。胸が大きくてウエストが細くて手足が長くて、どこかの雑誌に載っていても不思議ではない容姿。
 いままでどんな人が隣にいたか、想像はしたけれど目の当たりにすると酷く衝撃的に感じる。

「愛理沙さん、ちょっといまは」

「やだ、冬悟ったら照れてるの? いつも人前でキスしてもしれっとしてるのに」

 クスクスと笑う声が耳障りだ。困ったような表情を浮かべる鶴橋に胸を押しつけるみたいにすり寄る、それに苛々とした。どうしてもっとはっきりと拒絶しないんだって、鶴橋にも苛々とする。
 結局あんたもほかの男と変わらなかったのかよ。やっぱり女の人のほうがいいんじゃないか。

「勝利!」

 気づいたら逃げ出すように走り出していた。光喜の声が聞こえたけど立ち止まれない。どうして俺が逃げなくちゃいけないんだって、そう思うのにもうあの場所にいられなかった。
 なんでこんなに胸が痛いんだろう。なんでこんなに息が苦しいんだろう。

「嫌だ、こんな感情、欲しくない」

 見込みがないのにこの気持ちに気づきたくない。俺はあんなやつなんとも思ってなんかいない。

「笠原さん!」

 呼ぶな! 俺の気持ちなんか全然考えていないくせに。口ばっかりでなに一つ真実味がないじゃないか。なにが俺のことで頭がいっぱいだ。ほかの人のことを考える余裕あるんだろう。だから言い訳の連絡も寄こさないんだ。

「違う、俺は、好きじゃない。あんなやつ好きじゃない。こんな気持ちは間違いだ」

 何度も何度も繰り返し言い聞かせるのに、痛い、胸が引きちぎれそうなくらい痛い。傷口を抉られるような痛みで涙が出た。
 部屋に入るなり後ろ手に扉を閉めて鍵をかける。塞ぐように扉を背中で押さえると、軋みそうなくらいの勢いで扉を叩かれた。

「笠原さん! 笠原さんっ! 開けてください」

 どんどんと扉が叩かれて、悲愴そうな声が響いてくる。扉が叩かれるたびに背中にその衝撃が伝わった。

「笠原さん!」

「……うるさい! 近所迷惑だ!」

「じゃあ、開けてください。話をさせてください」

 泣き出しそうな縋りつくような声が聞こえた。

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