心に芽吹いた花
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 ぎゅうぎゅうと抱きつく光喜の背中を、小津は壊れ物を扱うみたいに優しく撫でていた。涙と鼻水で肩が汚れるのも気にせずに、何度も好きだと繰り返して抱きしめ続ける。そんな甘い雰囲気を作り始めた二人を見ながら、思わずため息がこぼれてしまう。
 それでもようやく一段落して肩の荷が下りた気になる。ずっと様子を窺っていた冬悟と視線を合わせると二人を残して部屋をあとにした。

「まったく人騒がせな二人だな」

 マンションを出るともうすっかり日が昇ってのどかな朝になっていた。けれど休日の早朝だからか人の姿はない。二人で少しあくびを噛みしめると顔を見合わせて笑う。

「でもあんなにうろたえてる修平は初めて見ました」

「オロオロしちゃって、頼り甲斐もなけりゃしっかりもしてなさ過ぎだよ。まあ、恋は人を変えるってやつかな。だけど小津さんは改めて説教だな」

「そうですね」

「うまくいくかな、あの二人」

「初めのうちは戸惑うこともあるかもしれませんが、きっと大丈夫ですよ」

 楽しげに笑う冬悟につられて肩の力が抜ける。小さく息をつくとやんわりと目を細められた。その顔を見てふと自分自身に置き換えて考えてみる。
 好きになるって自分の感情だけじゃコントロールできない部分はあるよな。不安にもなるし苦しくもなるし、思いがけない化学反応を見せる。

「俺、冬悟さんを好きになるなんて最初は思わなかった。絶対あり得ないって思ったし、ギリギリまでその感情が抜けなかった」

「それは、なんとなく感じていました」

「うん、だけどさ。頭で考えている感情と心が動く感情は違うんだ。まっすぐに見つめられて、何回も好きって言われて、うんと優しくされて、心はすぐ染まっていく」

 この人なら自分をずっと想っていてくれるんじゃないかって、そんな期待が湧く。差し伸ばされた手を掴まずにはいられなくなる。心はあっという間にさらわれていた。

「感情がせめぎ合っていた時はすごく苦しかった。でも気持ちを受け入れたら、色んなものがクリアになったんだ。……俺、冬悟さんを好きになれて良かったと思ってる」

「嬉しいです」

「ほんとに、これまでで一番だから」

 静かに俺の言葉を聞いている冬悟はひどく穏やかな目をしている。だけどその奥にある感情を見つけてしまうと、手を伸ばさずにはいられなくなった。
 隣り合った手を握りしめて、目いっぱい引き寄せる。俺よりも大きな手、広い肩幅、高い上背――それを全部感じられるように抱きしめた。

「冬悟さんも不安だったよな。俺なんかよりも辛かったかな」

「……そんなことないです。自分は、笠原さんのことを見ているだけで幸せでした。でもちょっと欲が出ちゃったんです。初めて声をかけられて、気持ちが舞い上がって」

「いいよ。本当のこと、言ってもいいよ」

 背中をきつく抱きしめたら、冬悟は少し息を飲んだ。そして小さな声で囁いた。

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