第三幕

 目が覚めると、部屋には暁治一人だった。時刻はそろそろ明け方ごろだろうか。布団から手を出して、隣の窪みを触ると、まだ温かくてほっとする。 起きようとして、シーツに残る残り香に気づき、昨夜のことを思い出して一人悶えた。もしかして、と思う。まさ…

第二幕

「美味しかったぁ!」ぽんぽんっと、朱嶺はお腹をさするとそのまま横になる。テレビからは今夜が初登板だというシンガーソングライターが、最近有線でよく流れている曲を歌っていた。「お腹いっぱい。いつもお代わり言わないでも、これくらい食べれたらなぁ」…

第一幕

 縁側から見える庭には、雪が降っていた。 ほの暗い外の景色は、屋内の明かりに照らされて、手前だけぼんやりと明るく見える。  ちらちらと白い雪が舞う庭は、人気もなくわびしさが漂う。 暁治はしばらく白い景色を眺めていたが、やがてさてと振り向くと…

末候*鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)

 もうすぐ一年が巡る。 朱嶺に出会って、春夏秋冬と季節をまたいだ。最初の頃は、まったく信じていなかった、妖怪たちの存在がいつしか日常に変わった。「暁治さんはお料理が上手ねぇ」「ああ、まあ、だいぶ慣れました」 日がうっすらと昇る頃、台所では朝…

次候*水沢腹堅(さわみずこおりつめる)

 しゅんしゅんと、ストーブの上でやかんが湯気を立てるのは、冬らしくていい。マグカップに沸いた湯を注いだら、甘いコーンの香りが漂った。 居間のこたつで暁治はほう、と息をつく。 寒い冬に、コーンポタージュスープは身に染みる。少しだけ牛乳をプラス…

初候*款冬華(ふきのはなさく)

 一月も半ばを過ぎ、雪が降り積もる毎日。都会ではお目にかかることができない、銀世界だ。積雪は一メートル、あるとかないとか。 雪を掻いても掻いても終わらないが、寒さで冬ごもりしたくなる。 そんなことを考えながら、暁治は居間から見える庭を眺め、…

末候*雉始雊(きじはじめてなく)

 実のところ朱嶺たちも、すっかり忘れていたらしい。 わざとじゃないよ! と、瞳を潤ませながら謝ってきたので、暁治は少しばかりならと話を聞いてやることにした。「だからね、幽世で旅館やるのに、なにか売りを作ろっかってなってね――あ、はる。ここも…

次候*水泉動(しみずあたたかをふくむ)

 確かに旅行に行くのは了承した。 行き先も面倒だから相手に任せて、どこに行くのかも聞いてなかった。 自業自得といえば、それまでなのだが。「ほほぉ、そなたが婿殿とな」 真っ赤な顔に長い鼻。右手でつるりと顎をなでているのは、どこから見てもまごう…

初候*芹乃栄(せりすなわちさかう)

 お正月といえば、たこ揚げ、駒まわし。おせちと雑煮。初詣。 日本はクリスマスから年始にかけて、イベントが目白押しだ。最近はハロウィンも盛況である。 宮古家では暁治が、日本の妖怪どもがなにがハロウィンだと、イベント自体はしなかったのだが、かぼ…

末候*雪下出麦(ゆきわたりてむぎいづる)

 前振りもない、唐突な桜小路の言葉には驚かされた。あまりの勢いに呆気にとられたほどだ。しかし暁治の頭に浮かぶのは疑問符ばかりで、まったく要領を得なかった。「なんの話をしているんだ?」「月葉堂が宮古と契約を結んでもいいって」「え? あの有名画…