可惜夜に浮かれ烏と暁の月

初候*雀始巣(すずめはじめてすくう)

 目が覚めた時、なにやら賑やかな子供の歌声が聞こえてきた。それに気づいて寝床から起き上がった暁治は自室の障子を開いて縁側に出た。ガラス戸の向こうに見えたのは、家の広い庭。 目の前には種植えを終えた花壇と、最近見慣れたご近所さんの似ていない自…

末候*菜虫化蝶(なむしちょうとなる)

 最初に思ったのは、なんだか懐かしいという思い。 次に思ったのは、どうして仏間に女の子がいるのだろうという疑問。「ぼっこちゃん、久しぶり。元気してた?」 朱嶺の言葉に、ぼっこちゃんはこくりと頷いた。 人見知りするのだろうか、彼女は暁治を横目…

次候*桃始笑(ももはじめてさく)

 この家の玄関入ってすぐの部屋は仏間になっている。納屋の荷物を言われるまま運び入れると、朱嶺は仏間の真ん中に立って辺りを見回した。 暁治は昔からなんとなく、この部屋が苦手だった。奥に仏壇が置いてあって、しんと静まり返っているせいなのもあるの…

末候*草木萌動(そうもくめばえいずる)

 広い庭には色々なものが植えられている。いまの時期は梅が見頃で、春には桜が咲く。雨季にはあじさいが咲き、夏にはひまわりが花開く。もちろん秋には紅葉も見ることができる。 花壇にはほかにも色んなものが植えられていたが、いまは種を蒔かねばほとんど…

次候*霞始靆(かすみはじめてたなびく)

 暁治が引っ越した古狐野町は山間にある田舎町ではあるが、よくテレビで見かけるような過疎地ではない。近隣は家がそれなりに点在しており、単身者のアパートやマンションなども多くある。 町と町を繋ぐ電車は一時間に数本。時間帯によっては一本程度しか走…

末候*魚上氷(うおこおりをいずる)

「じゃじゃーん、いなり寿司ぃ」「おさけーおさけー!」先ほど点けたストーブの部屋は、元々居間として使っていた場所だ。祖父がテレビが好きだったため、置いてあるテレビも大画面のもの。双子は勝手にテレビをつけると、すぐ隣の台所からコップや皿を持ち出…

次候*黄鶯睍睆(うぐいすなく)

 黄泉がえり、という言葉がある。 死者が文字通り、生者の世界へと戻ってくることだ。 余りにも今世に未練を残した死者は、あの世に行けずにこの世界を彷徨うという。これも祖父の寝物語の受け売りだ。 ほと、ほと。 音が聞こえる方へと、ひとりでに足が…

初候*東風解凍(こちこおりをとく)

「日本語という言葉は世界で一番難解で、だが世界で最も美しい言語だと僕は思うね」|暁治《あきはる》の祖父は、生前口癖のようによく言ったものだ。ひらがなかたかな、漢字と、三つの文字を使い分け、ときには文体や読みを無視して言葉を綴る。確かに初めて…