触れて触って抱きしめて

心が軋む

 目が覚めたのは明るい日の光が、射し込み始めた頃だった。意識が浮上した途端に、鉛を入れられたかのような頭が、脈打つように痛み始め、天音は眉をひそめる。「うー、ガンガンする」 目を閉じていても、平衡感覚が狂ったように、ぐるぐるとしているのがわ…

心地いいぬくもり

 ふわふわとした夢見心地の中、天音は温かなぬくもりと声を感じていた。 髪を撫で梳く、大きな手。心の内側に響く優しく甘い声。そのどれもが気持ち良く、傍にあるぬくもりに頬を寄せる。 かすかに感じる熱に、天音の胸はきゅっと甘く締めつけられた。「……

好きな人

 予約したという店は、商業ビルの五階にある、洒落た個室メインの居酒屋だった。席はベンチシートで、目の前の窓からは雨に濡れた街並みが見える。 もっとラフな居酒屋を想像していたので、選択の意外性に驚いた。それでも個室のほうがゆっくり話せるから、…

初めての笑顔

 あれから数日が過ぎたけれど、いまだ図書館に中原は来ていない。おかげで天音は、夕方になるとそわそわして、落ち着かない気持ちになる。 こんなに気になるのだから、連絡先くらい聞いておけば良かったと後悔もした。しかしそんなことをしたら、落ちないよ…

大きな勘違い

「それにしても、人の気持ち乱すような発言をさらっとするのに、なんで片想いのままなんだろう」 心の声が聞こえなくとも、中原は紳士的かつ素直な性格だ。雪宮の言葉を鑑みても、彼があれこれと尽くしているのがわかる。 天音でさえ褒められただけで、胸が…

あたたかな声

 雨水が跳ね上がるのも気にせず駆けると、数メートル先を歩いていた中原が、ふいに立ち止まる。そして来た道を振り返り、キョロキョロと辺りを見回し始めた。「中原くん!」「えん、どうさん?」 息を乱しながら傍まで駆け寄ると、中原は目を丸くして見つめ…

会えない時間

 雨降りが続き、鉛色の空が続く毎日。今日も天音の一日は図書館で始まり、図書館で終わる。 週休二日制ではあるけれど、休みの日も図書館に訪れてしまうくらい、天音は本の虫だ。中原ほど中毒ではないが、本に囲まれていると落ち着くので、この場の空気を味…

心の声

 振り返った先にいるのは、店で別れたばかりの中原だ。 天音が驚きで固まっていると、手首を握りしめる彼の手に力がこもった。「中原くん、どうしたの?」「よ、夜も遅いし、送ろうと思って」「え? あの、僕……こんな見た目だけど。一応男だし」「そうい…

知りたい、心の中

 素直でまっすぐで、少し不器用そうに見えるけれどひどく優しい。こんな人が片想いをしているのが、不思議でならない。「まだ好きな人に、告白していないの?」「……うん」「もう付き合ってるかと思ってた」「え?」 それとなく聞いた恋路の行方は、意外す…

ファーストインプレッション

「いらっしゃい!」 ガラス戸を引き開けた瞬間に、威勢の良い声が響く。のれんをくぐり、店の中に視線を巡らせた天音と目が合うと、その人はさらに大きな声を上げた。「おお、こないだのべっぴんさん。今日は一人か?」「はい。カウンターいいですか?」「目…