はじまりの恋

別離09

 バスと電車を乗り継いで最寄り駅に帰りついたのは日の暮れた頃だった。冷蔵庫の中身を思い出しながら近くのスーパーで買い物をして、マンションについた頃には外灯に明かりが点っていた。 そして随分と日暮れが早くなったものだなと思いながら、郵便受けを…

別離08

 まっすぐと目を見て話す人だから、視線が絡むたびにドキドキとしてしまう。慌てて目をそらして俯くけれど、小さく笑うその雰囲気がまた藤堂に似ていて思わず顔を上げる。先ほどからそれの繰り返しだ。はっきり言って挙動不審で怪しいことこの上ない。 それ…

別離07

 藤堂の病室をあとにし、病院を出た僕は表通りにあるバス停へと向かっていた。利用客が多いからなのか、病院前のバス停は十分に一本はバスがやって来る。いまも丁度よくバスが通りを曲がりこちらに近づいてきているところだった。「あれ? ないな」 バスに…

別離06

 僕が足を踏み入ることで藤堂が困るとわかっていても、藤堂が傷つけられているのに黙っていることはできなかった。戸を引く音に驚いたのか、ベッドの傍にいた男の人は肩を跳ね上げて振り返る。そして僕を見て気まずそうな表情を浮かべた。「佐樹さん」 部屋…

別離05

 電話口で言葉を交わしてから時間は流れて、早くも二週間が過ぎようとしていた。担当の医師の話によると、藤堂の怪我は順調に回復しているようだ。このまま行けば予定通りにあと半月くらいで退院できるだろうという話だった。 休みを利用して毎日のように見…

別離04

 できるだけ自分の力でなんとかしたいのが本音だが、俺一人でできることなどたかが知れている。あと二年、いやせめてあと数ヶ月先であったならもっと自由になれたのではないだろうか。そんな風に思ってしまう自分がいる。 いつだって俺は自分の無力さを思い…

別離03

 どのくらい眠っていただろう。重たいまぶたを持ち上げると、目の前には白い天井が見えた。明るい室内の様子から推測するといまは朝か昼頃だろうか。静かな室内には心拍計の規則的な音が聞こえる。あれから一晩経ったのか、そう思って彼のことを思い出した。…

別離02

 鞄に触れたのは明良の家だけだったから、よく考えればわかることだった。それなのに僕は焦って大事なところで判断ミスをした。 明良を待てばよかったし、藤堂が来るのを待ってもよかったはずなのに。なくしてしまったことにばかりに気を取られたのだ。そし…

別離01

 腕の痛みがひどくて血の気も引いて冷や汗が流れる。頭もガンガンと痛み、意識がぼんやりとした。目を閉じて痛みをやり過ごす、そんな中で微かに自分を呼ぶ声がする。藤堂の声だ――その声は薄れそうになる意識を呼び戻す。しかし腕を伸ばして藤堂に触れたい…

疑惑33

 公園の中は月明かりや外灯の明かりがあるものの薄暗さを感じた。そして思った以上に道がわかれ入り組んでいる。 佐樹さんを連れ去ったと思われる人間たちがどんな相手なのかはわからないが、普通に考えてこういう場合はなるべく人が立ち入らないような暗が…