雨の調べ

記憶

 人はどんどんと客席に流れていくが、自分はその流れに逆らい近くのベンチに腰を下ろした。 両手で頭を抱えると、脈打つようにそこからどくどくと音が響く。思い出せない、思い出そうとすればするほど、気分が悪くなってくる。 冷や汗がにじんで気持ちが悪…

初夏の便り

 それから彼のいない日常に戻った。 雨降りを憂鬱に思いながら、ため息を吐き出し、雨の中を文句ばかり呟きながら歩いて出かける。 買ってきた味気ない、コンビニの弁当を腹に収め、やけに広く感じるようになったベッドに横になった。 リュウがいなくなっ…

終わりの時

 不自然な沈黙が広がった。目の前に座るフランツは、そんな中でまっすぐにこちらを見つめてくる。 自分の出方を探っているかのような、嫌な視線だと思った。一体、彼は自分からなにを引き出したいというのだろうか。 リュウと恋人の話を聞かされて、慌て戸…

来訪者

 彼が出かけてから、どのくらい時間が過ぎただろう。ふと玄関に掛けてある時計を見上げれば、十八時を過ぎていた。 思っている以上に時間が過ぎている。確か十六時前くらいに出かけたはずだ。帰ってくるのが随分と遅いような気がした。 動揺した気持ちを落…

白昼夢

 傍にいればいるほど、感情が流されていく気がした。彼が微笑めば胸は温かくなるし、彼に抱かれれば、身体に熱が灯ってしまう。 このままではいられないと、自分の中にある理性が声を上げるけれど、人間というものは心地よいものにひどく弱い。 心とは裏腹…

独占欲※

 彼の腕の中は心地がよかった。すべてを忘れさせてくれるような、甘やかな夢の中にいるようだ。 彼の手は優しく、時として激しく、心も身体もとろかしていく。それがまた堪らないほどの快楽を呼んで、頭が惚けてしまいそうになる。 繋がった部分は熱くて、…

雨音

 部屋は広いけれど、寝る場所はここには一つしかない。必然的に眠るベッドは二人で一つだ。 とはいえ元よりダブルベッドで広かったので、男二人が横になってもそれほど窮屈さはない。 だが寝ているあいだに、背中合わせの背中がくっついてしまうくらいの広…

存在

 愛しているからこそ、苦しみから解き放ってあげたい。そう伝えたかったのかもしれない。 けれどすべてを愛しているがゆえに、醜く歪んだ恋人を愛せないと、突き放したようにも見える。 ある種のハッピーエンドではあるが、なんだか少し胸に引っかかる終わ…

ひと時

 皿が空になると、そのまま黙っていることができなくなる。重苦しいままでいるのが、耐えきれなくなって、意を決したように立ち上がった。 静かだった空間に、椅子の脚がこすれる音が響く。「リュウ、片付けはやるから、テレビでも見ていなよ」 自分の行動…

心に灯る火

 彼が自分のことを、性的な対象として見ているとは、夢にも思わなかった。いつからそんなことを思っていたのだろう。 いままでそんなそぶりなど、まったくしていなかったのに。 少し幼さを感じさせる、邪気のない笑顔しか、見ていなかったからだろうか。 …